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水銀フリー全固体型遠紫外(230 nm)光源の開発に世界で初めて成功
人体に照射しても安全な感染防止紫外光源の実現へ 名古屋市立大学 論文発表

John Wiley & Sons 社『Global Challenges』2023年3月6日午前10時(グリニッジ標準時)に掲載


                  研究成果の概要

 名古屋市立大学大学院芸術工学研究科の松本貴裕教授,日本原子力研究開発機構の大原高志主管研究員,静岡大学電子工学研究所の根尾陽一郎准教授らの共同研究グループは,水銀を含まない全固体型遠紫外(230 nm)光源の開発に成功しました。本光源は,人体に照射しても安全な紫外線光源です。居住空間(コロナウイルスインフルエンザ),農場(鳥インフルエンザ)および病室(MRSA)等に出現する様々な病原性ウイルス・細菌に対して高い殺菌効果を得ることが出来るため,人体に安全な感染防止用殺菌光源として役立つことが期待されます。
 コロナウイルスを含む様々な病原性ウイルスや細菌を殺菌する手法として,薬液を利用しないで広範囲な殺菌が可能な紫外線殺菌技術が注目されています。しかし,紫外線はヒトの細胞やタンパク質に強く吸収されるため,一定数値以上の紫外線を浴びると,アトピー性皮膚炎皮膚がんになることが広く知られております。ところで,近年,人体に照射しても安全な“遠紫外線※1”が,新しい殺菌光として注目されています。しかし,この遠紫外線を出力することができる殺菌光源で実用的なものは現在のところ存在しません(研究開発用途では存在)。今回,名古屋市立大学等の研究グループは,実用的な全固体型遠紫外(230 nm)光源の開発に成功しました。本光源は,水銀を含まず,小型で高効率,安価な光源です。本光源は,居住空間,農場および病室等に出現する様々な病原性ウイルス・細菌に対して高い殺菌効果を得ることができるため,人体に安全な感染防止用殺菌光源として役立つことが期待されます。

【背景】
 コロナウイルスを始めとして,様々な病原性ウイルスや細菌を安全かつ簡便に殺菌するための新しい消毒技術が求められています。特に近年,光を照射するだけで簡単に室内の空気や表面に付着した病原性ウイルスおよび細菌を簡単に殺菌出来る“紫外線による殺菌技術”が注目を集めています。しかし,紫外線はヒトの細胞やタンパク質に強く吸収されるため,一定数値以上の紫外線を浴びると,アトピー性皮膚炎皮膚がんになることが広く知られております。
 近年,紫外線の中でも空気中を透過できる最も短い波長の紫外線である遠紫外線が新しい殺菌光として注目を集めています。この理由は,遠紫外線は,(i)病原性ウイルスや細菌に対して強い殺菌効果を持つと同時に,(ii)皮膚の角質層(皮膚表面の死んだ細胞が重なった層)で吸収されるため,皮膚の角質層より深い位置にある顆粒層・有棘層(生きた細胞)にまで到達しないことによります。(通常の紫外線は皮膚の角質層より深い顆粒層・有棘層まで到達する。)
 現在,この遠紫外線を出力することが出来る殺菌用光源としては,唯一,エキシマ※2ランプがありますが,ガスの放電現象を利用したランプのため,価格が高い,電力から遠紫外線への変換効率が悪い,遠紫外線の出力が低い,寿命が短い等,実用に際して多くの問題を抱えているため,低コストで高効率、かつ長寿命な環境に優しい(水銀等を含まない)固体光源が強く望まれております。

【研究の成果】
 名古屋市立大学大学院芸術工学研究科の松本貴裕教授,日本原子力研究開発機構の大原高志主管研究員,静岡大学電子工学研究所の根尾陽一郎准教授らの共同研究グループは,水銀を含まない全固体型遠紫外(230 nm)光源の開発に成功しました。
 本光源は,名古屋市立大学の研究グループが長年研究開発を行って来たグラフェン※3ナノ構造(GN)電界電子放出源※4,と静岡大学電子工学研究所のグループが昨年開発に成功したワイドバンドギャップマグネシウムアルミネート(MgAl2O4)遠紫外蛍光体の組み合わせにより実現しました。具体的には,図1に示すように,GN電子放出源より飛び出して加速した電子(エネルギー10 keV)がMgAl2O4遠紫外蛍光体に衝突することによって,高効率で高強度の遠紫外蛍光が発生します。このような構造を有する遠紫外線殺菌ランプは世界的にも例が無く,真空ナノエレクトロニクス技術を駆使したオリジナリティの高いランプとなっております。

(図1)


 開発に成功したMgAl2O4遠紫外蛍光体は,古くよりカラーセンター※5発光材料として知られておりましたが,加速した電子を用いて高効率な遠紫外線を得ることは,これまで困難となっておりました。今回,遠紫外光の発光機構を見直して,これが酸素空孔欠陥※6の数や欠陥の物理的状態によって発光効率が大きく変化することを突き止め,この(酸素空孔欠陥の)制御に成功しました。開発に成功した遠紫外蛍光体は,従来のものと比べて5倍から10倍高い効率を示します。また,図2に示すように,今回開発した遠紫外ランプが高い殺菌効果を有することを,大腸菌を殺菌する実験を行うことで実証しました。

(図2)


 今後の実用化に向けては,(i)ランプ寿命(現状1000時間)および(ii)効率の向上(現状1%)が課題となります。(i)ランプ寿命向上の課題に対しては,より高真空なデバイスの作製(デバイス内の真空度を10-7 Paから10-8 Paに向上)により10000時間を超える寿命の実現が可能となります。また,(ii)ランプ効率向上の課題に対しては,酸素空孔欠陥位置の制御及び遠紫外蛍光体焼成条件の最適化により効率10%を実現することが可能となります。これら実用化に向けた課題は,近い将来解決できるものと考えております。
 今回,開発に成功した固体遠紫外光源は人体に照射しても安全な紫外線光源であり,水銀を含まず,小型で高効率,安価な光源です。居住空間(コロナウイルスインフルエンザ),農場(鳥インフルエンザ)および病室(MRSA)等に出現する様々な病原性ウイルス・細菌に対して高い殺菌効果を得ることが出来るため,安全・安心に利用できる感染防止用光源として,今後役立つことが期待されます。


【用語解説】
※1 遠紫外線:紫外線は可視光線よりも波長が短い光で,特に200~400nmの波長領域(100-200 nmの真空紫外波長領域は除く)のものを指します。一口に紫外線と言ってもその効果は異なるため,波長別に315~400nmを「UV-A」,280~315nmを「UV-B」,200~280nmを「UV-C」と,3種類に分類されております。このUVCの波長領域でも200~230 nmを遠紫外線と呼び,人体に照射しても安全な波長の紫外線であるため,近年注目を集めています(ANSI/IES RP 27.1-22)。
※2 エキシマ:励起状態(エネルギーの高い準安定状態)にある多原子分子のことを指します。英語ではExcimerと記載し,Excited dimerの略となります。この励起状態は不安定で,直ぐに(10-9 s程度)基底状態に緩和します。この緩和過程で得られる発光を利用するのがエキシマランプやエキシマレーザーです。放電を利用してエキシマガスを励起し発光させます。エキシマガスとしては,ArF,KrF,KrCl等,希ガスとハロゲンガスの混合ガスが幅広く利用されております。
※3 グラフェン:1層からなるグラファイトシート状物質です。グラファイトはこのグラフェンシートが多数積み重なって出来た構造体です。優れた物理的特性を有するため,現在,世界的にも注目を集める物質となっています。
※4 電界電子放出源:物体表面に強い電界を加えることで,物体表面より真空中に電子放出をおこさせる現象のことです。
※5 カラーセンター:MgAl2O4などの結晶において,規則的な結晶格子中にあるべき原子がない状態(今回の場合は酸素原子がない)並びに,この欠陥が不純物原子で置換された状態等を総称して点欠陥と言います。本来なら透明な結晶が,結晶中にこれらの点欠陥があることで色が付くのでカラーセンターと呼ばれます。
※6 酸素空孔欠陥:酸化物固体試料中において,酸素原子が抜けた箇所を酸素空孔欠陥と呼びます。

【研究助成】
本研究は,JSTの研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)JPMJTM20NX(代表:根尾陽一郎),及び名古屋市立大学の特別研究奨励費(2121102)の研究助成により行われました。

【論文タイトル】
“Solid-state far-ultraviolet C light sources for the disinfection of pathogenic microorganisms using graphene nanostructure field emitters”

【著者】
根尾陽一郎(静岡大学電子工学研究所,筆頭著者)
橋本 凱 (静岡大学大学院総合科学技術研究科)
小池 励 (静岡大学大学院総合科学技術研究科)
大原高志 (日本原子力研究開発機構,J-PARCセンター)
松本貴裕 (名古屋市立大学芸術工学研究科,責任著者)

【掲載学術誌】
学術誌名:Global Challenges (グローバルチャレンジ)
DOI番号:doi.org/10.1002/gch2.202200236

【研究に関する問い合わせ】
名古屋市立大学 大学院芸術工学研究科 教授 松本貴裕
住所: 名古屋市千種区北千種2-1-10
TEL:052-721-5211        
E-mail:matsumoto@sda.nagoya-cu.ac.jp

【報道に関する問い合わせ】
名古屋市立大学 総務部広報室広報係
名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
TEL:052-853-8328  FAX:052-853-0551
E-mail:ncu_public@sec.nagoya-cu.ac.jp


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