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B型肝炎の完治が見込まれる新たな抗ウイルス薬の候補を発見
~新規の化合物iCDM-34がウイルスゲノムの合成を抑制~ 東京慈恵会医科大学、慶應義塾大学、理化学研究所、京都大学、明治薬科大学

 東京慈恵会医科大学 臨床検査医学講座 講師 古谷裕、教授 永森收志、客員教授 松浦知和らは、慶應義塾大学大学院理工学研究科 特任准教授 平野秀典、理化学研究所 環境資源科学研究センター生命分子解析ユニット ユニットリーダー 堂前直、生命機能科学研究センタータンパク質機能・構造研究チーム チームリーダー 白水美香子、生命医科学研究センター細胞機能変換技術研究チーム チームリーダー 鈴木治和、京都大学大学院薬学研究科システムケモセラピー(制御分子学)分野 教授 掛谷秀昭、明治薬科大学薬学部薬剤学研究室 教授 小林カオルらとの共同研究により、B型肝炎の完治が見込まれる新たな抗ウイルス薬の候補、iCDM-34を発見しました。
 現在利用されているB型肝炎に対する核酸アナログ製剤はウイルスの増殖を抑える効果がありますが、ウイルスゲノムが残るため完治に至りません。今回の研究でiCDM-34がAh受容体1(aryl hydrocarbon receptor,芳香族炭化水素受容体)を活性化し、従来と異なる仕組みでウイルスゲノムの合成を抑制することを見出しました。このことにより、核酸アナログ製剤との併用で、B型肝炎の完治が見込まれる新規の抗ウイルス薬候補となることが判明しました。さらに、iCDM-34はHIVや新型コロナウイルスなど様々なウイルスに対する抑制剤としての開発が可能です。

<ポイント>
・抗ウイルス活性を持つピラゾール含有新規低分子化合物iCDM-34を発見しました。

・iCDM-34はAh受容体の活性化を介してウイルスゲノムの合成を阻害することにより抗ウイルス活性を発揮することを明らかにしました。

・ウイルスゲノム合成を抑制する新しいタイプの抗ウイルス剤であり、HIVや新型コロナウイルスなど様々なウイルスに対する抑制剤として開発が可能で、今後の高活性化と体内動態の向上により新規抗ウイルス剤として実用化が期待されます。

 本研究の成果は12月22日にCell Death & Discovery誌オンライン版に掲載されます。
A small molecule iCDM-34 identified by in silico screening suppresses HBV DNA through activation of aryl hydrocarbon receptor Cell Death & Discovery, 2023,
https://www.nature.com/articles/s41420-023-01755-w
DOI: 10.1038/s41420-023-01755-w

 本研究はAMED JP21fk0310112, 22fk0210112, 22fk0310511, 22fk0210100, MEXT 17H06401, 23H04882の助成を受けて行われたものです。

<研究方法と成果、展望>
 インターフェロン(IFN2)様の活性を持つ低分子化合物を同定するために、IFNα/β受容体2のIFNα結合ポケットの構造を用いて、化合物ライブラリーとのドッキングシミュレーションを行い、iCDM-34を同定しました。しかし、iCDM-34はIFN様の活性を持っていませんでした。マイクロアレイを用いた網羅的遺伝子発現解析を行った結果、iCDM-34は、Ah受容体の活性化を介して、CDK1/23の発現を抑制し、SAMHD14のリン酸化を抑制することによりSAMHD1のdNTP5からdN6への反応を活性化することが示唆されました。
 したがって、iCDM-34はAh受容体を介してSAMHD1を活性化させウイルスゲノム合成に必要となるdNTP量を低下させる新しい阻害機構を持つ抗ウイルス剤です。
 本成果をもとに、Ah受容体を介して抗ウイルス活性を発揮する詳細な機構を解析し、iCDM-34を基により良い化合物を創製し実用化を目指します。

研究の詳細
1.背景
 B型肝炎は世界中で2億9千万人の持続感染者がいるとWHOより報告されている。C型肝炎はほぼ100%完治する治療薬が開発されたが、B型肝炎は完治に至る治療薬は開発されておらず、完治を可能とする薬の開発が急がれている。現在、核酸アナログ製剤とインターフェロン(IFN) 製剤が用いられているが、核酸アナログ製剤はHBV7の複製を強力に抑制することができるが、HBVのゲノムとして働くcccDNAが患者の肝細胞に残り再発の可能性があるので、生涯、服用する必要がある。一方でIFN製剤は約30%の患者にしか効果がなく、IFNに対する自己抗体の産生により不活化される可能性があり、また、発熱などの副作用がある。そこでIFNの弱点を克服し、HBVの完治が望める治療薬の開発を行うため、IFNα/β受容体2のIFNαの結合部位に結合し抗HBV活性を発揮する低分子化合物をin silicoスクリーニングを行い、iCDM-34を同定した。

2.手法と結果
 ドッキングシミュレーションによりIFNα/β受容体2のIFNα結合領域にあるポケット構造と約30万化合物との結合親和性を解析し、37化合物を同定した。この中でiCDM-34が抗HBV活性と抗HCV8活性を示した(図1)。iCDM-34は単剤でHBV DNA, HBe抗原、HBs抗原を抑制し、核酸アナログ製剤であるエンテカビルとの併用により更にHBV DNAを抑制した(図2)。加えて、HBV感染ヒト肝細胞キメラマウスを用いた21日間連続投与実験で肝臓中のHBV DNAを抑制した。iCDM-34の作用機構をマイクロアレイを用いた遺伝子発現の網羅的解析を行った結果、IFNシグナルは活性化せず、Ah受容体を活性化しCYP1A2などの下流因子の発現を誘導することが明らかとなった(図3)。Ah受容体をsiRNAを用いてノックダウンするとiCDM-34による抗HCV活性はなくなったことからiCDM-34はAh受容体のアゴニストとして働くことが示唆された(図4)。この抗ウイルス活性を発揮するメカニズムを調べるためにAh受容体の下流で発現抑制されるCDK1/2の発現を比較すると、iCDM-34を処理した細胞ではCDK1/2の発現が抑制されていた。さらに、CDK1/2によりリン酸化されるSAMHD1のリン酸化も抑制されていた。これらのことからiCDM-34はAh受容体を活性化しCDK1/2の発現を抑制することによりSAMHD1のリン酸化を抑制し、SAMHD1によるdNTPからdNへの反応を促進し、ウイルスゲノムの合成を抑制するために抗ウイルス活性を発揮すると考えられた(図5)。

3.成果
 iCDM-34はAhRのアゴニストとして働きSAMHD1のリン酸化を阻害することによりウイルスゲノム合成を抑制する新しいタイプの抗ウイルス剤である。

4.今後の応用、展開
 iCDM-34はHBVとHCVだけでなく、HIVや新型コロナウイルスなど様々なウイルスに対する抑制剤として開発が可能で、今後の高活性化と体内動態の向上により新規抗ウイルス剤として実用化が期待される。

5.脚注、用語説明
1Ah受容体 aryl hydrocarbon receptor,芳香族炭化水素受容体
2IFN Interferon インターフェロン 抗ウイルス活性を持つサイトカインで、JAK/STATパスウェーを介して、IFN標的遺伝子を活性化する。
3CDK1/2 cyclin-dependent kinase1/2 サイクリン依存性キナーゼ1/2
4SAMHD1 SAM domain and HD domain-containing protein 1 dNTPase活性を持つ。
5dNTP  Deoxynucleoside Triphosphates デオキシヌクレオシド3リン酸 DNA合成の原料となる。
6dN  Deoxynucleoside デオキシヌクレオシド DNA合成の原料とならない。
7HBV B型肝炎ウイルス
8HCV C型肝炎ウイルス
9ETV Entecavir エンテカビル 核酸アナログ製剤の1つでHBVの逆転写酵素の働きを阻害し複製を抑制する。

以上


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