Dr.純子のメディカルサロン

掃除とあいさつで業績アップ!
~やりがい醸成とコミュニケーション活性化~ コロナ禍の幸福経営―前野隆司・慶応大大学院教授に聞く

 コロナ禍で存亡の危機に立つ企業がある。その一方で、この逆境を乗り切り、さらに成長する企業群も存在します。この違いはどこから来るのでしょうか。「幸せな職場づくり」という目線で企業経営を分析する、慶応大ウェルビーイングリサーチセンター長で、慶応大大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の前野隆司さんにコロナ禍の経営について聞きました。(聞き手・文 海原純子)

IT企業「アステリア」はテレワークを進め、オフィスを半減。退去時におはらいで締めくくった(2020年12月2日、東京都品川区)

 海原 産業医をしていると、職場の雰囲気が変わってきているのを感じます。経営の専門家の前野先生は、コロナ禍の経営をどうご覧になっていますか。

 前野 二極化が起きているように思いますね。在宅勤務や、会話の抑制により、一部ではコミュニケーション不足が顕在化していると思います。一方で、環境変化に対応して新たな手を打ち、発展している企業もみられます。何か工夫をすることによって、業績を上げて、生き生きやっていらっしゃる。

 つまり、苦しんでいるところと、創造性を発揮しているところとに二極化しているように感じます。苦しんでいる企業は、社員間のコミュニケーションの活性化と、やりがいの醸成を行い、創造性を高めて変化に対応する必要があると思います。

 海原 私も現場にいると、IT企業で若者が多く、普段からテレワークをする企業は活気があり、一方で、とにかく長い時間、会社に居ることが大事という企業は、メンタルヘルスが低下しているように感じています。やはり、会社の経営態勢や上司の資質によって、ずいぶん方向性が変わってしまうわけですね。企業によっては、特に製造業などで、非正規の契約社員がいなくなり人手が減り、現場の負担が増している中で、我慢して働いている状況も見られます。経営サイドから見れば、利益が出ないから仕方ないということで、見ないふりをしているケースもあるようです。こうした場合はどのように改善していけば光が見えるのでしょうか。

 ◇何となくのつながり

 前野 コロナ禍のような想定外の事態は、どの会社にとっても試練だと思います。見ないふりをするケースは問題外だと思いますが、どの会社も、現場の負担をいかに軽減するかを皆で話し合って改善していくことが重要だと思います。

 結局、「やりがい」と「つながり」なんですね。やりがいを持って、いきいきとワクワクしながら働いている人は幸せですし、そのためには、つながり、人と人とのコミュニケーション、信頼関係です。

 会社の理念も大事です。大きな考え方を共通に持っている、まさにやりがい、つながりがあるからこそ、やりがいが出るし、やりがいのある人はコミュニケーションもできるようになりますから、この二つに気を付けることだと思います。 

 海原 このつながりをつくるのは、なかなか難しいようです。私が産業医をしている企業の幹部の人と話したのですが、今、本当に若い人たちがかわいそうです。今年の新入社員もそうだし、昨年の社員もそうですが、コミュニケーションに必要な共通認識が持てない。会社にいると何となく、自然に入ってくる情報がいっぱいあったから、その中でつながりが生まれました。今は、家の中でリモートでやっていると、何となく座っていれば入ってくる雑談的なつながりがなくなったから、すごく難しいという意見をいただきました。

効率的に配置されたトヨタ自動車のコロナワクチン接種会場(同社提供、6月21日撮影)

 ◇業績がいい会社の一工夫

 前野 おっしゃる通りですね。ですから、良い会社は工夫をされていますよね。バーチャルオフィスを設けて、バーチャル画面上で近づくと雑談できるとか。あるいは、オンライン会議の前後10分間は雑談タイムを設けるとか。

 海原 それいいですね。会議の後ではなく、前というのがポイントですね。会議の後だと、何か後で自分の悪口を言われているような不安が起きる人もいるかもしれません。でも、会議の前なら逆に、雰囲気が分かり安心して話せる感じがします。

 前野 会社によっていろいろありますけど、工夫されているところは気付いて、コミュニケーションを活発化させています。

 海原 こうしたアイデアは、そういうお話を伺うと、なるほどそりゃそうだよねっ、と思うのですが、でも、実際にやろうと思うとなかなか思い付かないものです。

  そうなんですね。ぜひ、全ての職場の人にコミュニケーションをどうやって自分たちは増やすか、雑談するにはどうすればいいか、そのことを考えていただくといいです。

 海原 いいですね。何か会議ってその時間にパッと入って、それまでずっと構えていて、会議が始まります、終わりましたで、終わっちゃうから、なかなかそういうちょっと最初の10分間の雑談なんて、本当にいいアイデアですよね。そういうアイデア、先生いっぱいお持ちなんじゃないですか。

 前野 そうですね。いろんな会社でお聞きしているので。例えば、お昼休み、やっぱり自分でご飯食べたいけれども、その最後の10分ぐらいだったら雑談してもいいねとかですね。それこそオンライン食事会、オンライン飲み会、オンライン旅行、いろいろやっている方はいらっしゃいますね。

居酒屋でオンライン飲み会を楽しむ(2020年8月18日撮影)

 ◇会議終わってさよなら、でなく

 海原 そうですか。そういうことって誰が思い付くのですか?

 前野 いや、お聞きしてみると自然発生的に。トップが言いだした会社もありますし、若手が言いだしたところもありますし、やっぱり雰囲気がいいから、雰囲気のいい会社は「ちょっと、もっと話したいね」って感じで、「じゃあ10分前に入ろう」っていい感じにいくのですよ。悪い会社は逆です。

 だからいい会社はどんどん良くなり、悪いところはどんどん悪くなる。

 「上司と話さなくて清々した」みたいに思っている会社は、会議だけ一瞬出て、「はい、さよなら」になって、本当はよくない。やっぱり、ちょっと上司の小言も聞いて、コミュニケーションを取ってこそ仕事が円滑化します。

 海原 いい会社はどんどん良くなり、悪い会社はどんどん悪くなるというのは困ります。もうコミュニケーションが本当にぐちゃぐちゃで、縦割りで何も話をしていないような会社は、どんどんひどくなっているのですけども、そういう場合は、どうすれば雰囲気を変えることができるのでしょうか。

 職場をきれいにし、心も掃除

 前野 健康と一緒だと思うんです。まずは知識、幸せになるためには、コミュニケーションが大事であるとか、もちろんハラスメントが駄目であるとか。上司が若い者の気持ちを理解した方がいいとか、そうポジティブサイコロジーとかウェルビーイング、いろんな知見がありますね。それをまず理解して、少しずつやっぱり幸せな職場づくりは大事だっていうことを、上司も部下も皆さん、理解することかなと思います。

 海原 コミュニケーションがよく、業績がいい企業のやり方を学び参考にするというのも大事だと思うのですが、そうしたいい企業の例などがあれば教えてください。

 前野 例えば、ナット・パーツを製造する西精工(徳島市)という、ものすごい幸せな会社なのですが、結局、とてもシンプルで、掃除とあいさつとコミュニケーション、これを徹底的にやっているんですね。

 海原 掃除ですか。

 前野 はい。工作機械のネジを作っているメーカーなので、油まみれになるような機械をきれいに掃除しているのです。やっぱり、職場がきれいだと、心もきれいになるんです。いや、本当そうです。見学に行くと、あいさつもすごく元気です。「おはようございます。よく来てくださいましたね」心からの笑顔で、心から歓迎するようなあいさつができるのは、やっぱり掃除して職場をきれいにして、心も掃除しているのだと思います。あいさつと、それからすごいのは、朝礼を毎日1時間ぐらいやっているんです。

 海原 朝礼ですか。私はすごく苦手ですが(笑)、楽しい朝礼なのでしょうか。

 前野 楽しそうですね。最初は社訓を唱和するんです。社訓の唱和って、みんな嫌そうにやっているのかと思ったら、楽しそうです。こうして、会社の理念について、しっかり考える朝礼でやった後、今日の改善提案、今日は何をより良くするかを全員が話し合って決めて、今日の改善をワクワクしながら始めるという働き方なのです。

コロナ禍前の朝礼の風景。健康増進プログラムの試験運用で朝礼時にストレッチするファンケルグループ社員(2015年7月28日撮影、ファンケル提供、本文の内容とは直接関係はありません)

 ◇軍隊型は× コーラス型は○

 海原 それは朝礼のイメージが変わりますね。参加型朝礼というのでしょうか。朝礼というよりコーラスを一緒にしているような雰囲気がありますね。軍隊ではなく、コーラスのイメージですね。そうすると、やはりそのトップの意識がかなりいいのじゃないかなって気がするのですけど。現場など全く見ないで、部屋に閉じこもって報告を聞いてばかりの管理職も多いのですが。

 前野 もちろんです。250人ぐらいの会社ですけど、社長がもう率先してあいさつしますし、掃除もしますし、コミュニケーションをとって。

 海原 社長は社員と直接コミュニケーション取ることがなくて、タテ型構造で直接社長と顔を合わせたことがない社員も多いですし、掃除なんか絶対しない人がほとんどだと思います。社長が掃除というと、「そんなことする時間があれば、もっと大事なことをする」という人もいると思いますが、掃除にかけるほんの10分、15分で何十倍ものコミュニケーションというつながりが生まれるような気もします。社長がせめて自分の部屋のゴミ捨てをしていたら楽しいです。

  やっぱり、良い会社の社長さんは率先して掃除されますね。だから、威張っている会社で幸せな会社はないです。見たことないです。皆さん、腰が低いっていうか、腰が低くなくてもいいのでが、フラットに、皆のことを優しく考えている雰囲気ですよね。

 ◇威張る統治からやりがいの統治へ

  人として、等しい立場でコミュニケーションをとれることが必要ですね。そして社長が自分を見ていてくれているということは非常に心強いですね。従業員が多い会社ではなかなか難しいという意見もあると思いますが、私はコロナ以前パリのジョルジュ・サンクホテルで働いている人に聞いたのですが、ランチは、従業員がその時間帯に行けば、社長もシェフも客室係も自由に座り話せるそうです。日本ではまず考えられないですが、普段から、こうしてコミュニケーションの機会を持っている企業はコロナになっても強いですね。

 前野 そうなんです。まあ当たり前のことなのですけど、これがなかなかできないのです。だんだん偉くなると、何か特別な存在になってしまって、みんなも忖度(そんたく)してなかなか、ものを言わなくなってしまうことが多いですもんね。

 昔の管理型の会社だったら、上が偉くて下は軍隊のように従う、でもよかったのですけど、今のようにオンライン化が進んだりして、自分たちがその管理しにくい環境下で、リモートワークなんかして働くというと、やっぱり、やりがいによる統治というか、やりがいがあるから皆やっているのだという風にしないと、もうこれからの人は働かないですよね。威張る統治は昔はできたのですけど、これからはできないです。

 海原 そうですね。統治型のリーダーからコミュニケーション型のリーダーというか、皆の考えを聞いて、皆の創造性を伸ばすようなリーダーシップが必要ですね。


 

前野隆司慶応大大学院教授

前野隆司(まえの・たかし) 1984年東京工大卒業、1986年同大大学院修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大バークレー校訪問研究員、ハーバード大訪問教授を経て現在、慶應大大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。慶應大ウェルビーイングリサーチセンター長兼務。博士(工学)。著書に『幸せな職場の経営学』(2019年)、『幸福学×経営学』(2018年)、『幸せのメカニズム』(2014年)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(筑摩書房、2004年)など多数。日本機械学会賞(論文)(1999年)、日本ロボット学会論文賞(2003年)、日本バーチャルリアリティー学会論文賞(2007年)などを受賞。専門はシステムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など。


【関連記事】

メディカルサロン