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心のゴミをきれいにする
~屋敷清掃で見えた人の背景~ 潜入ルポの笹井恵里子さんに聞く

 最近テレビなどで取り上げられる「ゴミ屋敷」ですが、清掃業者の一員になりゴミ屋敷を突撃取材したジャーナリストがいます。私も本や書類を捨てられないたちなので、非常に興味を持ちました。「潜入・ゴミ屋敷ー孤立社会が生む新しい病ー」(中公新書・ラクレ)の著者、笹井恵里子さんに話を聞きました。(聞き手・文 海原純子)

潜入・ゴミ屋敷(中公新書・ラクレ)

 ◇苦痛のションペット処理

 海原 整理清掃業者の一員になってまで取材しようとしたのは壮絶ですね。なぜ、ゴミ屋敷に興味を持たれたのですか。

 笹井 自分に万一のことがあった際、葬儀をお願いしている葬儀屋さんがいて、その人の紹介で5年前に、足を切断した整理清掃業者の話を聞く機会がありました。その時、ゴミ屋敷の写真を見せてもらい「こんな場所で住んでいる人はどんな気持ちなんだろう」と思ったのが、きっかけです。テレビで紹介するゴミ屋敷は「やらせ」が多いと聞き、実際の、本物のゴミ屋敷現場をこの目で見たいと思いました。

  取材を進める過程で、実際の価値とは無関係に、所有物を手放すことに苦痛を感じる「ため込み症」という状態があることを知り興味を引かれました。

 海原 実際に清掃業者として働いたのは、どのくらいの期間だったのですか。危険を伴う仕事で、中にはけががもとで足を切断する作業員もいるということを聞いて驚きましたが、怖くなかったですか。

 笹井 2018年の春に初めて、ゴミ屋敷の現場に作業員として足を踏み入れたので、丸3年になります。週刊新潮やプレジデントオンラインなど記事を執筆するたびに現場に入らせてもらいました。全部で30回ほどでしょうか。1回の現場が丸1日がかかりになるので、体力的にも時間的にも大変でした。

 現場に足を踏み入れる「怖さ」はありませんでしたが、汚い現場を掃除した夜は、頭痛や吐き気が起きたり、人が亡くなった現場を掃除すると、しばらくは気分が優れなかったりすることが多かったです。背中や両足に、ダニやシラミに刺されたらしい赤い湿疹が出たこともありました。

 生ゴミ臭や死臭で気分が悪くなることもありましたが、現場で特に衝撃的でつらかったのは、ペットボトルに尿が入っている「ションペット」でした。便がそのまま落ちていることも多々ありました。ためこみ症の専門の先生によると、「自分の排泄物も自分の物」として認識している可能性があるそうです。そのため捨てられない(トイレに流せない)のだそうです。

 ペットボトルの中の尿をトイレに捨てるションペットの処理は、ベテラン作業員でさえ「思考を停止させて行う」と言っていました。アルバイトの中には「気が狂う」「つらい」と口にする子もいました。私も便の処理では、吐き気を催すことがありました。

ゴミ屋敷の現場で働く笹井恵里子さん(撮影・今井一詞)

 ◇明るい気持ちになれる現場も

 海原 想像を絶するものですね。ただ、ゴミ屋敷といってもみんな同じわけではないようですね。ため込まないと不安という人もいれば、認知症でものの分別ができない人もいますが。

 笹井 人の背景にあるものは何だろうとよく考えます。そこにあるゴミからそういった「気」を感じることが多くて、例えば認知症の人であれば「不安感」から物に囲まれていたい、物を手元に置きたいのかな、と感じました。

 「ためこみ症」で汚くなっていると予測して、「このプラモデルをためるのが楽しかったのだろうな」と感じた部屋もありました。また、家主がとにかく自暴自棄になって生ゴミをためこみ、そこで糞や尿をしてしまうなどの現場はつらかったです。

 つまり、依頼人が本やプラモデルなど「こだわりの品」をためる、物を買うことに少しでもウキウキ感や、明るい気持ちがあったのなら、作業員としてその整理や処分に関わることに明るい気持ちになれるのです。ですが、自暴自棄、自分を大切にしていない状態で物が乱雑になっていると、作業を進める上でこちらの気持ちも重くなってきました。多くの現場を見ていて同じゴミ屋敷でも、作業員みんなの笑顔が見られる所と、そうでない所がありました。

 海原 著名な評論家の書斎のリモート中継で、デスクの上が本でいっぱいで崩れ落ちそうなのを見て、「そうだよなあ」と思いました。私自身も本や書類は捨てられないたちで、本や書類を処分しようと清掃業者を頼んだことがあります。「さあ、捨てよう」と思う時、清掃業者を選ぶ時の注意などありますか。私は頼む前に処分したい本を写真に撮り、送りました。見積もりをもらい、支払える金額の上限を決めたので安心でした。

 笹井 「こちらの金額の上限を決める」「事前のやりとりで、直感的に信頼できる業者」という2点が大事だと思います。業者によっては「見積もりをしたその場で作業を始めたい」というところが少なくありません。事前に業者と直接会わなくてもいいですが、海原先生のように電話やメールで複数回やりとりをし、信頼できると感じてからお願いする形がいいと思います。

室内に積み上がるゴミ(撮影・今井一詞)

 ◇つらい遺品整理、笑顔の生前整理

 海原 著書を読むと、単に清掃するというだけではなく、清掃を通しての家族やごみ屋敷住人との心の交流などが印象に残りました。掃除が心のゴミをきれいにしているような感じもしました。

 笹井 なるほど!「心のゴミをきれいに」というのは海原先生らしい表現ですね。

 整理清掃には2パターンあります。一つは家主が亡くなってその遺品―遺品というより生活ゴミですが―を片付けてほしい時、もう一つは家主が生きていて生活再建のための整理「生前整理」です。

 亡くなってしまった、特にゴミ屋敷の中での死、それに伴う遺品整理はこちらもつらいです。ただ、ご遺族の方が見られるような部屋の状態にしたい、という思いでやっています。

 生前整理で、これで「人としての生活が送れる」という状況まで片付けられた時、そして依頼人の笑顔が見られた時は、片付けてよかったと思いました。

 海原 本当に命懸けの取材だと思いますが。そんな中で感じたことなどあれば。

 笹井 ゴミ屋敷になるのは「ためこみ症」をはじめ、発達障害、うつ病、統合失調症、認知症、強迫症の症状からも起こり得ます。海原先生がおっしゃったように私も、無理にカタログに出てくるような家にする必要などない、と思いました。何らかの理由で、ゴミ屋敷がその人の心を守る手段なのであれば、本人が整理整頓や片付けに懸命になる必要はないんですよね。

 ただし、家計が破綻してしまうほどの購買意欲は、医療機関などの手を借りながらコントロールする必要があります。トイレや風呂にも入れないほどゴミがたまっているのであれば、そこは業者や誰かの手を借りて、きれいにしてもらうのがいいと思いました。

 笹井 恵里子(ささい・えりこ) ジャーナリスト。1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスとして活動。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。

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