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「多階層的アプローチ」でトランスポーターの隠れた働きを解明
~腎臓病の早期発見に新たな光~

 東京慈恵会医科大学 安定同位体(SI)医学応用研究センターおよび臨床検査医学講座のPattama Wiriyasermkul特任講師(現・岩手大学准教授)、宮坂政紀助教、永森收志教授(SI医学応用研究センター長兼務)は、慶應義塾大学 笹部潤平講師、医薬基盤・健康・栄養研究所 木村友則博士(現・大阪大学)、九州大学 浜瀬健司教授ら、およびKAGAMI株式会社との共同研究により、生体内の現象を多様なスケールで解析、連係することで先入観なくトランスポーターの機能を明らかにする「多階層的アプローチ」という手法を開発しました。
 また、この手法を用いて、急性腎障害や慢性腎臓病のバイオマーカー(病気の指標)として注目されている「D-セリン」という微量なアミノ酸の輸送メカニズムを明らかにしました。
 本研究成果は「eLife」に最終公開版(VOR;Version of Record)として掲載されました。
(掲載日時: 2024年4月23日)

 私たちの体内には、栄養素や代謝産物、薬物といった小分子を運ぶ「トランスポーター」と呼ばれるタンパク質が500種類以上存在します。これらのトランスポーターが正常に働かないと、体内の小分子のバランスが崩れ、さまざまな病気につながる可能性があります。しかし、生体内で多くのトランスポーターがどのように関わり合って働いているのかは、まだ十分に解明されていません。
 今回の共同研究で開発した「多階層的アプローチ」により、生体内の現象を様々な階層から解析、連係することで先入観なくトランスポーターの機能を明らかにすることが可能となり、微量なアミノ酸である「D-セリン」の輸送メカニズム解明につながりました。

研究成果のポイント

● 生体から細胞・分子レベルまで様々なレベルの生命現象を調べ、結果をつなぎ合わせてトランスポーターの働きを明らかにする「多階層的アプローチ」という手法を開発しました。

● 腎臓でD-セリンを運ぶ2種類のトランスポーター群 (ASCT2とSMCT1/SMCT2)を見いだしました。腎臓病に伴ってこのトランスポーター群が変動するため、D-セリンが腎臓病の優れたバイオマーカーである裏付けとなる発見です。

● SMCT1/2は、これまで乳酸などのカルボン酸を運ぶトランスポーターとして知られていましたが、生体内ではD-セリンも運んでいることが明らかになりました。

研究背景

 栄養素や代謝物などの微少分子は、すべての生物の細胞活動を駆動するために不可欠であり、これらの分子のバランスを保つことが健康を維持するために重要です。細胞内外の小分子の濃度制御は、細胞膜上のトランスポーターによって担われているため、トランスポーターは細胞レベルだけではなく、生体全体のシステムレベルにおいても小分子のホメオスタシスに重要な役割を果たしています。
 トランスポーターの機能不全は、代謝異常、神経疾患、尿結石など、多くの疾患を引き起こします。一方で、ヒトでは500以上のトランスポーター分子が同定されているにもかかわらず、特に複雑な生理学的状態または病態生理学的状態に関与する微量な小分子の輸送を制御するために、どのようなトランスポーター分子が働き、他の分子と協働しているかを理解することは依然として困難です。
 例えば、アミノ酸であるセリンの微量な立体異性体であるDセリンは、神経伝達において重要な役割を果たすことが知られており、最近では急性腎障害(AKI)および慢性腎臓病(CKD)のバイオマーカーとして注目されています。しかしながら、腎臓におけるDセリンの輸送メカニズムは不明でした。

研究内容

 研究チームは、生体内の複雑な環境で複数のトランスポーターがどのように協力して働いているのかを調べるための研究方法として「多階層的アプローチ」という手法を用いました。この方法は、生体レベルから細胞や分子のレベルまで、さまざまなスケールで生命現象を解析・連係することで、トランスポーターの生体内での機能を明らかにすることができます。網羅的な手法で体液や臓器レベルから代謝物や遺伝子、タンパク質の変動を解析し、バイオインフォマティクスを用いてデーターを統合し、候補分子群を選別します。
 さらに、スクリーニング系および輸送機能解析系により、トランスポーターの機能を解析することで成り立ちます。本研究では、微量な微小分子(D-アミノ酸)の変化を検出する「メタボロミクス」、生理的状況の変化により変動するトランスポーター分子を見つける「プロテオミクス」、目的の小分子を輸送する可能性のあるトランスポーターを選ぶ「スクリーニング」、任意のトランスポーター分子のみの機能解析が可能な「無細胞システム(リポソーム再構成系)」、そして生理的なトランスポーターの協力関係を制御することが可能な「生体組織を用いた(ex vivo)輸送解析」などの手法を組み合わせています(図1)。

 研究チームは、この多階層的アプローチを使って、腎臓でD-セリンを運ぶ2種類のトランスポーターグループを発見しました。1つ目は小型アミノ酸を運ぶASCT2、2つ目は乳酸やビタミンB3といったカルボン酸を運ぶと考えられていたSMCT1とSMCT2でした。この2つのグループは、健康な腎臓においては同じようにD-セリンを運んでいますが、腎臓が障害を受けるとSMCT1と2の活性が低下する一方で、ASCT2の働きが強くなり、血液中のD-セリンが増加することがわかりました(図2)。

 SMCT1とSMCT2がD-セリンを運ぶことは予想外であり、「多階層的アプローチ」ならではの発見です。この研究は、生体のおけるトランスポーターの隠された機能を明らかにする手法を確立することで、健康な腎臓および障害を受けた腎臓においてD-セリンがどのように運ばれているのかを明らかにしました。さらに、D-セリンを腎臓病のマーカーとして確立するにあたり、その分子メカニズムを解明しました。

本研究が社会に与える影響

 本研究は、生体内におけるトランスポーターの機能を先入観なく明らかにするためのアプローチを提供します。これにより、さまざまな組織・臓器において、未だ全貌が明らかになっていない多様な小分子輸送の解明が期待されます。加えて、この手法は、本研究でのD-セリンのような希少な微小分子の輸送システムを解明するためにも有効です。それにより本研究で明らかになった、腎臓障害時におけるD-セリン輸送システムの変化は、D-セリンを腎臓病のバイオマーカーとして使用するための分子基盤を説明します。
 腎臓の障害は患者のQOLを著しく低下させますが、D-セリンのバイオマーカーとしての確立により、早期診断が可能となり、患者の予後が改善することも期待できます。それにより、患者のQOLだけではなく、医療経済にも恩恵をもたらすことも期待されます。


研究費

 本研究は、科研費(JP22K06150, JP21H03365)、AMED(JP21gm0810010、JP21ek0310012)、痛風・尿酸財団、武田科学振興財団、中谷医工計測技術振興財団、株式会社資生堂、医療法人慈生会 梶ヶ谷クリニックの支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル: A multi-hierarchical approach reveals D-serine as a hidden substrate of sodium-coupled monocarboxylate transporters

著者: Pattama Wiriyasermkul, Satomi Moriyama, Masataka Suzuki, Pornparn Kongpracha, Nodoka Nakamae, Saki Takeshita, Yoko Tanaka, Akina Matsuda, Masaki Miyasaka, Kenji Hamase, Tomonori Kimura, Masashi Mita, Jumpei Sasabe, and Shushi Nagamori.

掲載雑誌: eLIFE

DOI: https://doi.org/10.7554/eLife.92615

用語説明

D-セリン:可決アミノ酸(非必須アミノ酸)であるL-セリンの立体異性体。哺乳類の脳内に豊富に存在し、記憶や学習などの高次脳機能に重要なNMDA型グルタミン酸受容体の補助的活性化因子である。また、統合失調症などの精神疾患との関連が示唆されており、治療標的としても注目されている。近年、腎臓病のバイオマーカーとしても有望視されている。

立体異性体:同じ分子式と結合順序を持ちながら、原子の立体配置が異なる化合物のことです。鏡像異性体と構造異性体に大別される。鏡像異性体は、互いに鏡像の関係にあり、重ね合わせることができない。代表例としてL型とD型のアミノ酸が挙げられ、生体内でのアミノ酸は主にL型として存在することが知られている。

急性腎障害(AKI)および慢性腎臓病(CKD):AKIは、数時間から数日の間に急速に腎機能が低下する状態。原因は、腎血流量の減少、腎毒性物質への曝露、尿路閉塞など多様であり、症状は、尿量減少、浮腫、倦怠感など多岐にわたる。早期発見と適切な治療が重要で、腎機能低下は一過性であることが多いが機能低下が不可逆となる場合もある。CKDは、3ヶ月以上にわたって腎機能が低下している状態。原因は、糖尿病高血圧、慢性糸球体腎炎など多様である。初期は無症状のことが多く、進行すると、浮腫、貧血、骨代謝異常などを呈する。早期発見と治療が重要で、進行すると透析や腎移植が必要になることもある。AKIとCKDは相互に関連し、AKIを繰り返すとCKDのリスクが高まり、CKDはAKIのリスク因子でもある。


以 上

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