一流に学ぶ 天皇陛下の執刀医―天野篤氏

(第17回) 天皇陛下の執刀医に =片付け中、1本の電話

 天野氏は永井教授らとともに、天皇、皇后両陛下に手術についての説明をすることになった。「手術には陛下ご本人の前向きな気持ちが不可欠です。1時間ぐらいかけてお話しする中で、お二人とも手術という選択を受け入れてくださいました」と天野氏。「手術後の薬物療法のことを尋ねられたので『薬は一定期間でやめられるような手術にします』と申し上げました。言った後で『あ、言っちゃったー。自分でハードルを高めたな』と思いました」


 冠動脈バイパス手術では、他の場所から採取した患者自身の血管をグラフト(移植組織)として使う。胸板の裏にある左右内胸動脈、胃の周囲にある右胃大網動脈、両腕にある橈骨動脈、両脚にある大伏在静脈、腹部にある下腹壁動脈―の候補のうち、どれを使うかで手術の難易度も異なる。

 「脚の静脈は採取しやすいが詰まりやすく、常識的に考えて手術後1年ぐらいは抗血小板薬を使う必要があります。術後の薬物療法を最小限にするためには、技術的に採取が難しい内胸動脈を複数使う手術になってしまいます」

 手術後はリハビリも必要で、両陛下の英国訪問のスケジュールを考えると、もう日程に猶予はなかった。永井教授から「手術日は1週間後でどうですか」と切り出された。

 「随分急な話だと思ったのですが、たまたまその日は手術の予定を入れていなかったんです。山形に講演に呼ばれていました。米沢の妻の実家に家族を連れて行き、自分は蔵王でスキーでもしてから、再び合流して帰ってくるつもりでした」

 家族の予定が変更になるのは日常茶飯事だが、講演主催者には恐縮しながら事情を話した。これに対し、主催者からは「国のための仕事だから、先生はわれわれの代表として、ぜひ頑張ってください」と逆にエールを送られ、準備を早急に進めることになった。

                      (ジャーナリスト・中山あゆみ)

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