「医」の最前線 乳がんを書く

快適な入院生活の先に
~続く激しい痛み~ (医療ジャーナリスト 中山あゆみ)【第4回】

 2020年10月30日、私は都内の病院で乳がんの乳房温存手術を受けた。手術は右乳房の脇を6センチほど切開し、がんとその周辺組織を摘出するというもの。同時にセンチネルリンパ節生検も行うことになっていた。しこりは皮膚の上からはっきりわかるほど表面にあり、簡単に取れそうに思えた。

 過去に別の病気で3度の手術経験があり、取材でさまざまな手術を間近で見る機会も多いため、手術室に入るのは慣れていた。最先端の設備が整った病院の手術室にいちいち感動し、麻酔が効くまですっかり取材モードになっていた。手術台は電気で温められ、ぬくぬくと気持ちよい。両膝下は血栓症予防のためマッサージ器に包まれ、圧迫と弛緩(しかん)が繰り返される。過去に別の病院で受けた手術とは比較にならないくらい快適だった。

手術の2日後、リハビリを開始

 主治医は乳がんの専門医の中でも評価が高く、腕の良い外科医でありながら、患者の気持ちを斟酌(しんしゃく)する繊細さも持ち合わせていた。他の医師も研修医も、看護師をはじめとした医療スタッフ、事務職員のすべてが真摯(しんし)にプライドを持って働いており、入院中、不快な思いをする場面は一度も無かった。どんな病院にも、やや問題ありのスタッフは必ずいるものだが、そのほころびが見えない。月日がたって、医療全体が改善されたのか、この病院特有のことなのか分からなかったが、キツネにつままれたような気持ちで入院生活を送っていた。

 ◇痛みをスケールで数値化

 手術後、麻酔が切れた後の大変さも分かっているつもりだった。しかし、今回は開腹手術を受けた時とは痛み方がまるで違う。

 看護師に痛みを訴えると、「一番ひどいときの痛みを10とすると、今はいくつくらいですか?」と聞いてくる。「10です。気が狂いそうに痛い」と言っていたのが、時間の経過とともに8になり、7になり、…とだんだん楽になっていく。痛みをスケール化することは、個人差の大きい痛みの感じ方を客観的に把握するのにとても役に立つ。

 しかし、痛みは4日後に退院してからもしつこく続き、痛くて夜中に目覚めてしまうほどだった。なんとか痛みを紛らわせようと、結核を患いながら病気の中に楽しみを見いだそうとした正岡子規の本を読んでみた。彼は机の上の金魚を眺め、「痛い事も痛いが、綺麗な事も、綺麗じゃ」と詠んだ。私はその域に達することはできず、YouTubeで見つけたインコのうめちゃんの動画を何度も繰り返し見ては、痛みに耐えた。

 結局、病院で処方されたロキソニンでは鎮痛効果が足りず、かかりつけの整形外科で、より効果の強いトラムセットを処方してもらって、ようやく朝まで眠れるようになった。

センチネルリンパ節

 ◇センチネルリンパ節生検

 なぜ激しい痛みに襲われたのか。手術が乳がんのしこりを摘出するだけでは終わっていなかったことを後で知ることになる。リンパ節の摘出だ。

 リンパ節にがんが転移した場合、脇の下の脂肪組織に埋もれたリンパ節を摘出するリンパ節郭清が行われる。ただ、腕のむくみなどの後遺症があるため、必要最小限にしようという取り組みが進んでいる。このときに重要な判断材料を提供する検査が、センチネルリンパ節生検だ。転移するがん細胞が最初にたどり着くセンチネルリンパ節を2個程度摘出し、顕微鏡で転移がないかどうかをチェックする。手術の前日に放射性物質を、手術の当日に色素を胸の表面から注射して、センチネルリンパ節の在りかを見つける。手術中に皮膚の表面から器具を当てると、その部位でピーピーと音が鳴り、その在りかを知らせてくれる。

 センチネルに転移がなければ、その先のリンパ節には転移していないということで、脇の下のリンパ節を大きく摘出するリンパ節郭清を省略できる。

 私の場合、2個のセンチネルリンパ節に転移が認められたため、さらにその先にある脇の下のリンパ節を摘出して調べた結果、そこには転移が及んでいなかった。つまり、がんはセンチネルリンパ節で止まっていたというわけだ。

 術後しばらく続いた激しい痛みは、脇の下にまで手術の操作が及んだせいではないかと思う。

 毎年9万5千人もの女性が乳がんにかかり、もっと大変な治療を受けている人もたくさんいる。自分はこれまでの取材の中で、早期発見の重要性や治療法に重点を置き、治療に伴う痛みや苦しみを十分に理解し、伝えられていなかったことを深く反省した。(了)

中山あゆみ

 【中山あゆみ】

 ジャーナリスト。明治大学卒業後、医療関係の新聞社で、医療行政、地域医療等の取材に携わったのち、フリーに。新聞、雑誌、Webに医学、医療、健康問題に関する解説記事やルポルタージュ、人物インタビューなど幅広い内容の記事を執筆している。

 時事メディカルに連載した「一流に学ぶ」シリーズのうち、『難手術に挑む「匠の手」―上山博康氏(第4回・5回)』が、平成30年度獨協大学医学部入学試験の小論文試験問題に採用される。著書に『病院で死なないという選択』(集英社新書)などがある。医学ジャーナリスト協会会員。

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