「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~
感染対策を緩和しても大丈夫か
~コロナ、致死率20分の1~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第50回】
国内の新型コロナウイルスの新規感染者数は9月に入って減少しており、第7波の流行がピークを越えた状況にあります。時を同じくして、政府はさまざまな感染対策の緩和を発表し、社会経済の再生にかじを切っています。このような対策緩和を進めて、流行再燃は起きないのでしょうか。今回は9月から始まった感染対策緩和の影響について検討してみます。
図中の*と**の説明は文末参照
◇致死率は大幅に低下
世界各国は2022年、新型コロナ対策の緩和を急速に進めてきました。これはオミクロン株の流行やワクチン接種の拡大などにより、新型コロナの重症度が大幅に低下したことによります。
例えば、日本での新型コロナの致死率(感染者数に占める死亡者の割合)を見ると(図)、武漢株が流行していた21年初頭までは約1.8%でした。この期間の感染者数は検査体制の面などで正確には把握されていませんが、21年3月からアルファ株による第4波の流行が起きても、致死率に大きな変化はありませんでした。
しかし、21年7月からデルタ株による第5波が起きると、致死率が0.4%に低下します。この時期までに国民の7割以上がワクチン接種を完了したからです。さらに、21年12月からのオミクロン株による第6波では、致死率が0.2%に半減しました。これはオミクロン株がデルタ株より重症化しにくいことや、国内で経口治療薬が使用されるようになったことが影響しています。そして、22年7月から現在までの第7波は同じオミクロン株ですが、致死率が0.1%とさらに半減しています。これはワクチンの追加接種が進展した効果と考えられます。
このように流行が始まった当初と比べて、現在の新型コロナでは致死率が20分の1近くに低下しており、重症度の面では別の感染症と言っても良い状況になっています。こうした変化にともない、世界各国は感染対策の緩和を始めました。
◇日本の感染対策の緩和
日本も20年6月から対策の緩和を始めましたが、7月に第7波の流行が拡大したため、一時棚上げしました。重症度が低下していても、感染者数の急増により医療の逼迫(ひっぱく)が生じるためです。そして、第7波がピークを越えた9月に入り、再び対策を緩和しています。
この緩和のスピードが急速なため、「流行の再燃が起こるのではないか」と不安に感じている人も少なくありません。さらに、次の冬には第8波の流行が予想されており、この波を現在の緩和対策で乗り越えることができるのかも心配になります。
それでは、それぞれの対策の緩和状況を見ていきましょう。
◇水際対策の緩和
日本は流行当初から厳しい水際対策を取ってきました。これが9月に緩和され、入国者に要求していたコロナ陰性証明書の提出が、ワクチン3回接種を条件に免除されました。この緩和措置は世界の多くの国々が既に実施しているものです。また、現在の日本は世界で最も感染者数の多い国であり、海外からの入国者に陰性証明書を要求する意味もなくなっていました。
今回の水際対策の緩和では、外国人入国者数の上限も2万人から5万人に引き上げました。これはインバウンド観光客を増やすために欠かせない対応ですが、外国人観光客への予防対策の徹底や、国内で新型コロナを発病する外国人への医療提供体制の整備も同時に進めなければなりません。
◇療養期間の短縮
今回の緩和で特に注目されたのが療養期間の短縮です。従来は感染者で症状があれば、発病後10日間は自宅などで療養することが求められていましたが、これを7日間に短縮しました。この決定は医学的に新たなデータが出たからではなく、社会経済を動かす必要があったからです。感染者は10日目ごろまでウイルスを排出し、周囲に感染させる可能性がありますが、より可能性の高い7日目までを療養期間にしたのです。
この療養期間の短縮が発表されてから、それを就労禁止期間として用いる企業も増えています。もし、企業が周囲の社員などに感染させないことを重視するならば、感染者の勤務は10日目以降が良いでしょう。人手が足りないので8日目から勤務させるのであれば、感染者には十分な予防対策を取るように指導してください。
◇全数把握の見直し
第7波では感染者数が今までよりも桁違いに多かったため、感染者を届け出る作業で、医療機関や保健所の業務が逼迫しました。これを解消するため、届け出は高齢者や重症者など一部の感染者に限定することになりました。この方式は9月2日から一部自治体で行われており、9月26日からは全国で実施されます。
今回の見直しが行われても感染者の総数は把握されますが、詳しい情報が入手できなくなります。政府はそれに代わるシステムとして、特定の医療機関だけが全感染者の情報を報告する定点把握という方法を準備しています。
このように全数把握を見直しても感染状況の観測はできますが、問題は届け出をしない軽症の感染者への医療対応です。発病時は軽症であっても途中から重症化することがありますし、軽症者への行政サービスが止まってしまうことも予想されます。こうした軽症者への対応として、政府は健康フォローアップセンターという施設を各自治体に設置することを求めています。大都市圏では同様な施設が既に設置されていますが、地方でどこまで設置が進むかを注視しなければなりません。
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◇第8波に向けて
こうした緩和措置も第7波が収束に向かっている間は順調に進むものと思いますが、冬に予想される第8波の流行で、どこまで緩和が維持できるかです。冬の流行は呼吸器感染ウイルスの特徴であるとともに、ワクチンの効果が次第に減衰するため、世界的に避けられないものと考えられています。さらに、次の冬はインフルエンザの流行が重なることも予想されており、これらの被害を軽減させるため、日本では間もなくオミクロン株ワクチンやインフルエンザワクチンの接種が開始されます。
この第8波の流行が拡大する中で、水際対策の緩和については新たな変異株が出現した場合などには、再強化される可能性があります。療養期間の短縮や全数把握の見直しは、そのまま進められると思いますが、第8波が始まるまでに新たなシステムを円滑に運営しておくことが必要です。
新型コロナはオミクロン株の出現やワクチン接種率の向上などで、重症度の低い感染症に変化しています。そして現在、その状況に応じた感染対策の緩和が行われていますが、この感染症はまだ不安定な状況にあります。緩和措置を注意深く進めながら、新型コロナと共存した社会を目指していくことが必要だと思います。
なお、高齢者などでは新型コロナが現在でも重症度の高い感染症であることを付け加えます。(了)
*ワクチン接種率はデジタル庁HP新型コロナワクチンの接種状況 | デジタル庁 (digital.go.jp)から入手した。初回は2回目までの接種、追加は3回目までの接種である。
* *致死率は厚労省HPオープンデータ|厚生労働省 (mhlw.go.jp)の感染者数と死亡者数のデータから計算した。対象期間は2つの数が掲載されている2020年5月9日から22年8月31日までとした。
濱田篤郎 特任教授
濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏
東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。
(2022/09/15 05:00)
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