「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~
米国で新ワクチン審査へ
~秋の世界的コロナ再燃に有効か~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第46回】
日本では2022年5月末から4回目の新型コロナワクチンの接種が開始されています。これは60歳以上の高齢者などを対象にしており、国民の皆さん全員が受けることはできません。その一方、秋から世界的な新型コロナの流行再燃が予測されており、その流行までに国民全体にワクチンの追加接種を行うという対策も提唱されています。この秋用のコロナワクチンが米国の食品医薬品局(FDA)で6月末に審査される予定です。そこで今回は、秋からの流行に向けたワクチン接種について解説します。
従来の新型コロナ用ワクチン=2021年2月=AFP時事
◇秋以降の流行再燃
新型コロナウイルスの流行が始まって2年半が経過しました。21年11月に始まったオミクロン株の世界流行は、22年1月をピークに収束に向かっており、各国は感染対策の緩和を進めています。日本でも6月から本格的な対策緩和が進むとともに、社会経済の再生に向けた動きが始まっています。
このまま新型コロナの流行は終息に向かうのではないか。そんな淡い期待を抱いている人も多いと思いますが、残念ながら22年の秋以降に流行が再燃するという見方が一般的です。その理由は、呼吸器系ウイルスの特徴として寒い季節に流行が拡大しやすいことや、ワクチンの効果が減衰することなどが挙げられます。
では、どのように再燃が起きるのでしょうか。オミクロン株に代わる新たな変異株が発生し、それが世界流行を起こす可能性もありますが、その確率は今のところ高くないでしょう。それよりも、これから秋までオミクロン株の感染者発生が少数ながら続き、その残り火から本格的な流行が起こることが最も考えられます。
いずれにしても、北半球が秋になる10月ごろから世界的に新型コロナの流行再燃が起きることは避けられそうにありません。その被害をできるだけ少なくするには、流行が再燃する前にワクチンの追加接種を行い、ワクチンの効果を再び高めておくことが必要なのです。
◇ワクチンの4回目接種
日本では新型コロナワクチンの接種が21年2月から開始され、主にファイザー社やモデルナ社のmRNAワクチンを使用してきました。このワクチンを2回接種(3~4週間隔)することで基礎免疫が付き、その後は新型コロナの感染や重症化をかなり抑えることができました。そして、現時点までに日本では2回目の接種率が国民の8割以上に達しています。
しかし、その後の調査で、2回接種による効果は半年を過ぎると減衰することが分かってきました。このため、日本では21年12月から3回目の接種が始まります。最近この3回目の接種率が日本ではようやく国民の6割に達するようになりました。
これでワクチン接種は終わりと思われていましたが、早めに3回目の接種を終了した欧米やイスラエルなどのデータから、その効果が半年ほどで再び減衰することが明らかになってきました。そこで、4回目のワクチン接種がイスラエルなどで22年1月ごろから開始されたのです。
ただし、イスラエルでは4回目を国民全員に接種するのではなく、重症化しやすい高齢者などに限定しました。それというのも、現行のワクチンで4回目の接種をしても、現在流行しているオミクロン株の重症化は防げますが、感染そのものはほとんど予防できないことが明らかになったためです。つまり、4回目接種は重症化を予防する目的で、高齢者や慢性疾患のある人に限定するという接種方式になり、欧米諸国もこれに従いました。
こうした経緯で、日本でも22年5月末から重症化を起こしやすい高齢者や慢性疾患のある人に限定して4回目の接種が行われています。
◇現行のワクチンで秋の流行は防げない
このように、現行のワクチンを使用する限りは重症者の発生は防げるとしても、秋以降に予想される流行再燃を防ぐことは難しいようです。「感染者数が増加しても、重症者が出なければいいのでは」という考え方もありますが、感染者数が増えれば若い人でも重症化しますし、医療への逼迫(ひっぱく)も生じます。こうした事態を回避するために新しいワクチンが必要になっています。
では、なぜ現行のワクチンは効果が弱くなってしまったのでしょうか。mRNAワクチンは効果が持続しにくいという見解もありますが、それよりもワクチンの製造に用いられたウイルス株に問題があるようです。現行のmRNAワクチンは、19年12月に中国の武漢で発生した新型コロナウイルス(武漢株)を用いています。現在流行しているオミクロン株と共通する点もありますが、ウイルスはかなり変化しています。つまり、現在のオミクロン株を用いてワクチンを製造すべきなのです。
実は、ファイザー社やモデルナ社はこうしたワクチンを既に開発しており、その臨床治験も22年初から開始しています。
銀座4丁目の交差点=2022年6月7日
◇米国での審査は6月末
これが秋用のワクチンで、米国の食品衛生局(FDA)は、その承認のための審査を6月末に行うと発表しました。
モデルナ社は6月上旬に、審査の対象なるワクチンの概要を発表しており、オミクロン株に加えて従来の武漢株も含めた2価ワクチンを製造しています。その効果を接種後の抗体価の上昇で見れば、現行のワクチンよりも十分高くなるようです。ファイザー社からはいまだ概要が公表されていませんが、6月末の審査で明らかになるでしょう。
この秋用ワクチンをFDAが承認した場合、米国だけなくヨーロッパ諸国などでも、その接種が始まることでしょう。ただし、国民全体に接種を行うか否かは審査に提出されるデータによると思います。
両社のワクチンが有効であったとして、日本での接種は秋までに間に合うでしょうか。日本政府は22年5月に医薬品の緊急承認制度を創設しました。この制度を用いれば、海外で承認された医薬品を短期間のうちに国内承認することもできます。今回のワクチンがその対象になれば、秋までに手続きは間に合うでしょう。そのときは、国民全体を対象とした4回目の接種になることも考えられます。ただし、問題は新しいワクチンがそれまでに国内にどれだけ準備されているかです。
◇今後のワクチン開発
このように、22年の秋に予測される新型コロナの流行再燃に当たっては、新たな秋用のワクチンを用いて被害を最小限に抑えていくという戦略が取られるでしょう。しかし、長期的に見れば、効果を長く持続できるワクチンや、全ての変異株に効果のあるワクチンなどの開発が必要になってきます。また、次の冬に流行するウイルス株が予測できれば、インフルエンザワクチンのように、早い時期に次のワクチンの開発製造に入ることもできるはずです。
現時点で、日本では3回目の接種を受けていない人が国民の3割以上おり、高齢者などには4回目の接種も始まっています。国民の皆さんは、既に実施されている接種をまずは終了していただき、秋以降のさらなる接種に備えるようにしてください。(了)
濱田篤郎 特任教授
濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏
東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。
(2022/06/23 05:00)
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