「医」の最前線 感染症・流行通信~歴史地理で読み解く最近の感染症事情~
麻疹流行が拡大中
~海外と接点のある人はハイリスク~ 東京医科大特任教授・濱田篤郎【第3回】
2024年2月から麻疹(はしか)の患者数が国内で増加しています。3月8日には武見敬三厚生労働相が「今後さらに感染が広がる可能性がある」と国民に警戒を呼び掛けています。麻疹は22年から世界的に流行しており、日本にも影響が及んだ形です。麻疹ウイルスは感染力の大変強い病原体で、確実な予防方法はワクチン接種しかありません。今回は国内外の麻疹の流行状況と、その対策について解説します。
旅行客でにぎわう関西空港(2023年4月)
◇海外からの輸入例が起点
24年2月23日、奈良市で20歳代男性の外国人旅行者が麻疹と診断されました。2月7日に日本に入国し、奈良市に滞在中の2月19日から症状が見られたそうです。その後、この患者の接触者とされる30歳代男性が、3月6日に麻疹と診断されました。
奈良のケースとは別に、2月29日に大阪府東大阪市で20歳代男性が麻疹と診断されました。この男性は昨年11月からアジアや中東を旅行し、2月24日にアブダビ発の航空機で関西空港に帰着しています。麻疹の症状は搭乗前の2月20日から見られており、航空機に同乗していた乗客が相次いで麻疹と診断されました。
このように、2月から起きている二つの麻疹の集団感染は、いずれも海外で感染した「輸入事例」を起点にしています。
◇日本では2015年に根絶していた
麻疹は空気感染するウイルス疾患で、その感染力はインフルエンザの10倍近いとされています。潜伏期間は約10日で、患者は最初に風邪の症状を起こし、それから数日後、全身に赤い発疹が出現します。この発熱や発疹の見られる時期に、周囲に感染を拡大させるのです。多くの患者は1週間ほどで回復しますが、肺炎や脳炎を併発することもあり、1000人に1人が亡くなる病気です。
日本では本連載の第1回でも紹介したように、平安時代から流行を繰り返していました。これは2000年代になっても続き、2007年にはカナダで修学旅行中の高校生が麻疹を発症し、外交問題にまで発展しました。さらに、この年は10~20歳代を中心に多くの患者が発生したため、厚生労働省は2008年から麻疹根絶対策を開始します。麻疹ワクチンの追加接種を中高生に徹底させるとともに、麻疹患者の全数把握を行うことにしたのです。
この結果、2009年から国内の麻疹患者は激減し、2010年以降は日本に土着する麻疹ウイルスが消滅しました。そして2015年、世界保健機関(WHO)は日本を麻疹排除国に認定したのです。その後も国内で麻疹患者は散発しましたが、海外からの輸入事例から拡大したもので、その数はわずかでした。
◇コロナ禍が悪影響
世界的にもワクチン接種により麻疹は制圧されつつありましたが、22年からアジアやアフリカなどの国々で流行再燃が見られています。これは、新型コロナウイルスの流行により、各国の保健医療担当者が多忙になり、子どもへの麻疹ワクチンの接種が停滞したことが一因です。
WHOの24年2月の報告によれば、日本の近隣ではインド、パキスタン、インドネシアなどのアジア諸国で麻疹患者の急増が見られています。また、英国でも中部のバーミンガムを中心に23年10月から200人以上の麻疹患者が発生し、米国でも東部のフィラデルフィアなどで患者発生が見られています。
各国の麻疹報告数(厚労省ホームページより)
このように、新型コロナ流行に伴ってアジアやアフリカで麻疹の患者が増加し、コロナ禍後の国際交通の再開により、世界全体に流行が拡大しているのが現状です。そして、今年になりその影響が日本にも及んでいるわけです。
◇確実な予防はワクチン接種
それでは今後、私たちはどのような方法で麻疹の流行に備えていくべきなのでしょうか。麻疹ウイルスは空気感染するため、新型コロナのようにマスク着用や手洗いだけでは予防できず、ワクチン接種が最も確実な予防対策になります。
麻疹は国民全員にリスクのある感染症ではありません。今のところ国内で発生している患者は、海外と接点のある人に限定されており、ワクチンの接種対象は、海外渡航する人や訪日外国人に接する機会のある人になります。後者の場合、大都市や観光地で特定するのはなかなか難しいですが、感染力の強いウイルスなので、広い範囲で考えた方がいいでしょう。
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