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大切な意思決定能力
~がん教育が一助に~ 第7回

 「パターナリズム(父権主義)」という言葉があります。強い立場にある者が、弱い立場にある者の意思にかかわらず介入することを言います。医療現場では、治療法の決定やその変更などの重要な意思決定について「患者にとっての最善の医療を提供するために判断を下す権利と責任は医師側にあり、患者はすべて医師に委ねればよい」というのが典型的なパターナリズムとされています。

変わってきた治療法の決定

変わってきた治療法の決定

 以前の日本の医療は、伝統的にパターナリズムモデルに基づいて動いてきました。しかし、今では患者が医療者やそれ以外から積極的に情報を収集して、自分で意思決定する「インフォームドディシジョン」という考え方を経て、医療者と患者が科学的に裏付けられたデータや情報、エビデンス(科学的証拠)を共有し、一緒に治療方針を決定する「シェアードディシジョン(共同意思決定)モデル」が目指されています。

 このように、医療では意思決定がますます重要視されてきましたが、それは教育の場でも同様のようです。がん教育の授業の後に、意思決定能力の育み方について、日頃子どもたちと接している学校の先生方と議論になることが多いのです。そこで今回は、近年がん教育が始まった中で、指導する立場にある教員側がどのように受け止めているかについて書いていきます。

 ◇教師側の悩み

 筆者の南谷は2022年度、現地開催17校とオンライン3校の計20の学校で授業をしました。この中で、各学校の先生方から、がん教育の導入における悩みなどを打ち明けられました。具体的に幾つか挙げれば、「教科書や資料も整備され、がんにおける一般的な情報を指導することはできるが、医学は年々進歩しており、最先端を教えるためには、教員ががんについて知る時間が必要だ」とか、「祖父母や両親ら、身近な親族をがんで亡くしたり、闘病中であったりする生徒がいる場合など、家庭環境によって個別の配慮が必要になる」などでした。

 いずれも当然の悩みかと思います。最初の悩みに関して言えば、学校の教員が、がんについて学ぶ機会はこれまではありませんでした。22年末、東京都教育庁が主催する都立公立学校教員向けの「健康教育に関する講演会」に登壇させていただきました。受講した皆さんが真剣に耳を傾けている様子が印象的でした。このような医療側から教育側への情報提供を行う機会を増やす必要があると思います。

 次の悩みは、外部講師として授業をする時に最も配慮すべき点です。ただ、当日初めて学校を訪れる外部講師だけで対応できることではなく、開催される学校側との密接な連携が必要になります。

 ◇外部講師活用、今後に期待

 また、より具体的な悩みとして「外部講師の選定や必要予算の確保、外部講師との日程調整など、外部講師のリクルートそのものが非常に難しい」ということも耳にしました。厚生労働省が発表した21年度におけるがん教育の実施状況調査の結果を見ると、外部講師の活用割合はわずか8.1%にとどまっています。外部講師を活用しなかった理由としては、「教師が指導した」(59.1%)、「指導時間が確保できなかった」(29.3%)、「適当な講師がいなかった」(11.8%)、「講師謝金などの経費が確保できなかった」(6.2%)と報告されています。

 教師による日常の授業と外部講師の特別授業はがん教育の車の両輪なのですが、数字を見れば、まだまだ活用が進んでいないのが現状です。しかし、日程や費用、講師の選定などは教育委員会や所管自治体の保健福祉部局の協力で改善が見込める領域ですので、今後の進展に期待したいと思います。

 ◇感想に手応え

 授業の後でも、学校側から多くの感想をいただきました。例えば、「時間があった多くの教員が授業に参加し、教員自身の学びになる点が多かった」とか、「外部講師による授業の前に、事前学習はしなかった。もし事前学習ができていれば、がんについて、より深い知識を得られたかもしれない。事前学習の必要性について、今後検討したい」などでした。また、がんの専門医である南谷だけでなく、がん患者が「がんサバイバー」として同席された授業では、「がん専門医とサバイバーを組み合わせることで、がんについての知識とがん患者の悲しい実情を効果的に学ばせる良い機会になった」という感想が寄せられました。

 子どもたちの反応についても、「子どもたちにとって『がん教育』は、なかなかピンとこず、難しいテーマであり、生徒たちが真面目に取り組めるか心配していたが、結果的に大変興味を持ち、真剣に聞いていた」といううれしい回答があり、手応えを感じました。まだまだ始まったばかりのがん教育。学校の教師と医療スタッフなどの外部講師共に不安な点も多いのは事実です。今後もさまざまな課題や改善点が見えてくるでしょう。まずは双方が協調しながら実施していくことが肝心かと思います。

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