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育った所に恩返し
~がん教育に重要な地域の役割~ 第12回

 筆者の一人、南谷は神奈川県横浜市出身ですが、中学生の頃から東京都荒川区の私立学校に通い始め、その後も東京の大学に進み、東京の病院で勤務をし、大学生の時に東京に住み始めて11年目になります。先日、ある企業から誘われて荒川区主催の「心と体の健康フェスタ」で、区在住者などに対してがんについての講演をする機会がありました。講演自体は僕の前に落語家の師匠による寄席があったため、参加者の雰囲気も温かく、みなさんが楽しく学んでいただけたと思います。中学、高校と荒川区の学校に通ってお世話になりましたので、少しは恩返しになったのではないかと感じました。

 これまでは、主に学校や企業でのがん教育に関して触れてきました。同様に大人に対する健康教育において、地域社会も重要な場所です。その地域社会で、自治体と企業がコラボしていることが興味深く、また、うれしく感じます。特に、自治体は公立学校の設置者であるとともに、国民健康保険の保険者としてもがんに向き合い、さまざまな取り組みを重ねています。

地域社会ががん教育を支える

地域社会ががん教育を支える

 ◇健闘する東京都

 東京都教育委員会は、2017年度にがん教育推進協議会を設置し、外部講師を活用したがん教育の推進に関わるなどの提言を取りまとめました。この提言を踏まえ、同委員会は22年度までに、全ての都立学校および都内の公立中学校で外部講師を活用したがん教育を実施することを目標としていると言います。

 では、実際に活用状況はどうでしょうか。20年度の報告では、東京都では国立や私立も含めた小・中・高校2547のうち、15.0%の383校が外部講師を活用したと報告されています。この数字は28.3%の佐賀県や22.7%の茨城県、22.0%の鹿児島県などに次いで7番目となっています。ただ全国平均は8.4%で、大都市部と言われ、学校数も多い都神奈川県は1.5%、大阪府が6.1%です。その他も4.7%の愛知県や6.8%の埼玉県、千葉県や兵庫県も3%台ですので、東京都の15.0%の価値が見えてきます。

 小・中・高校別で見れば、小学校は全国平均の7.6%に対して10.9%、中学が同10.6%に対して23.9%、高校は同7.1%に対して11.4%で、中学校での活用率が高いことが分かります。南谷も22年度に東京都内の20校で外部授業の講師を務めましたが、東京都教育庁の積極的な働き掛けが鍵になっているのではないかと思います。もちろん、これには各自治体の教育委員会でも、がん教育と外部講師派遣に関する予算の有無などの点で事情が異なり、外部講師の活用率に大きく関わっていると思います。

 ◇自治体と企業が協定

 企業と自治体の協力は注目に値します。

 企業の力を借りる自治体もあります。アヒルが登場するCMでも有名なアフラック生命保険株式会社は、自社ビルがある東京都調布市と、「調布市とアフラック生命保険株式会社との包括的パートナーシップに関する協定」を19年に締結して、地域の活性化と市民サービスの向上、社会的課題の解決に取り組んでいます。その一環として学校教育においても、がん教育の外部講師派遣や医療機関などでの職場体験などが実現しています。調布市教育委員会は同社の協力を得て、21年から市内の8中学校全てで、がんサバイバーと一緒に内容を検討して外部講師によるがんについての授業を実施しました。22年には、児童生徒たちと発症年齢が近い小児がんの経験者である同社子会社の社員による講演を組み合わせて、就学時における闘病生活での経験や本人の気持ち、周囲にどのように接してほしかったかなどについてワークショップを各学校で開催したと言います。

 ◇教育は社会全体で

 このように、企業が自治体や教育委員会と外部講師の橋渡しをし、一緒にがん教育に取り組むのは素晴らしい取り組みだと思います。「教育」というと、どうしても先生が生徒に教えるイメージを抱きがちですが、学校単位でなく、社会全体で子供を教育することが重要です。16年ごろから「社会に開かれた教育課程」の実現が目指されるようになりました。社会の変化が速まり、複雑で予測困難な時代の中で、文部科学省は児童や生徒が身に付ける資質・能力を、「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の三つに整理しました。

 学校教育を通し、より良い社会を創るという理念を学校と社会とが共有して、どのような資質・能力を身に付けられるようにするのか。これは学校内で終わらずに、地域の人的・物的資源も活用し、社会との連携と協働により、その実現を図ることを意味しています。言い換えると、「社会のつながりの中で学ぶことで、子どもたちは自分の力で人生や社会を、より良くできるという実感を持つことができます。このことは、変化の激しい社会において、子どもたちが困難を乗り越え、未来に向けて進む希望や力になります。

 そのため、これからの学校には、ますます求められる社会と連携・協働した教育活動を充実させるという目標の実現のために「社会に開かれた教育課程」の実現が必要であると、文科省は報告しています。この点で、医療者などが教育に密接に関わるがん教育は、「社会に開かれたがん教育」と言っていいのではないでしょうか。その中には、これまで話してきた医師や看護師、薬剤師、サバイバーなどのがん教育を担う人々だけではなく、教育委員会やそれを取りまとめる自治体、さらには企業やNPOなどさまざまな人が関わるべきだということの良い例だと思います。(了)

 南谷優成(みなみたに・まさなり)
 東京大学医学部付属病院・総合放射線腫瘍学講座特任助教
 2015年、東京大学医学部医学科卒業。放射線治療医としてがん患者の診療に当たるとともに、健康教育やがんと就労との関係を研究。がん教育などに積極的に取り組み、各地の学校でがん教育の授業を実施している。
 中川恵一(なかがわ・けいいち)
 東京大学医学部付属病院・総合放射線腫瘍学講座特任教授
 1960年、東京大学医学部放射線科医学教室入局。准教授、緩和ケア診療部長(兼任)などを経て2021年より現職。 著書は「自分を生ききる-日本のがん治療と死生観-」(養老孟司氏との共著)、「ビジュアル版がんの教科書」、「コロナとがん」(近著)など多数。 がんの啓蒙(けいもう)活動にも取り組んでいる。




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