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がん教育の効果とは?
~測ることは難しい~ 第13回

 2022年の日本の出生数は初めて80万人を下回り、国会では少子化対策がしきりに議論されています。一方、子どもの受験戦争は年々、激しさを増しているということです。子供が減っているために1人にかける教育費の増加もあるのでしょう。大学から中学までの受験では、基本的にはペーパーテストの結果で合否が決まります。ですから、受験勉強の効果を入学試験の点数で評価していると言えます。

がん教育の成果はどう測る?

がん教育の成果はどう測る?

 ◇改善に必要な現状評価

 しかし、「受験当日に体調を崩してしまった」「緊張で焦ってしまい、実力が発揮できなかった」などといった経験を持つ人は少なくないでしょう。このように考えると、入学試験の点数が必ずしも勉強の効果を表しているとは言い切れません。さらに子どもを対象にした学習には、数学や英語などの受験科目だけではなく、運動能力を高める体育や、創造力や表現力などを学ぶ芸術科目もあります。これらの項目を含めて、学校での教育の効果を評価する指標はどうあるべきでしょうか。

 現在の教育方法の改善を目指す方策の一つとして「PDCAサイクル」があります。計画を立てて実施し、評価を現状に戻して反映させるというもので、これを回すためには現状の評価が必要です。それでは、教育の効果はどのように評価すればいいのでしょうか。

 ◇医学における評価

 医学を例に考えてみましょう。新しい薬や治療法は、基本的に比較対象を設けての実証実験に基づいて評価されます。例えば、ある病気の患者を一定数集めて、できるだけ均等になるように二つの群に分け、一つの群に新しい薬や治療法を使い、もう一つの群には既存の治療法だけを使います。そして、両群の間に生存率や病状の改善度についてどのような差が生じたかを、統計学的な処理の上で評価します。

 より具体的に言えば、年齢や栄養状態、重症度などの条件をできるだけ同じになるように調整した一定数のインフルエンザの患者を二つの群に分け、半分にタミフルのような抗ウイルス薬を与え、残り半分には家での安静を指示します。その後の病状を観察することで、結果的に二つの群の間で生じた重症化患者の発生率や回復までの期間の長短などの客観的な項目が薬の効き目の評価となります。

 ◇教育基本法の目的と目標

 このように考えると、教育の効果を客観的に評価判定することはとても難しいと感じます。では、学校教育に目を向けましょう。

 学校教育の柱になる教育基本法には、学校教育の目的(第1条)と目標(第2条)が書いてあります。引用しますと、

 第1条は「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、①真理と正義を愛し、②個人の価値をたつとび、③勤労と責任を重んじ、④自主的精神に充ちた、心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」となっています。

 一方、第2条は「1 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。2 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。3 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。4 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。5 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」と定められています。

 ◇能力評価には時間がかかる

 これらの条項に基づき、具体的な目標として現在の学習指導要領は「知識及び技能」、「思考力,判断力,表現力等」、「学びに向かう力,人間性等」の能力を育むことを目指す、としているのです。

 これらの条項に書かれた能力を評価するには、非常に時間がかかりますし、項目としても多面的で簡単に数値化できそうにありません。

 ◇ヘルスリテラシーの向上

 医療に基づいて指導するがん教育はどうでしょう。これまでにも何回か紹介してきたがん教育の目的は、「健康教育の一環として、がんについての正しい理解をすること」と「がん患者さんやその家族など、がんと向き合う人々に対する共感的な理解を深めることを通して、自他の健康と命の大切さについて学び、共に生きる社会づくりに重要な資質や能力の育成を図ること」です。

 言い換えれば、「がんを知ることを通じて将来的なヘルスリテラシーの向上を目指すこと」であると考えています。教育基本法第2条の1の「幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培う」の文頭に「健康に関して」と付ければヘルスリテラシーの概念に相通じてきます。

 少し難しい話になりました。次回が本連載の最終回になりますが、がん教育の効果と目的について、私なりに考えてきたものをお伝えしようと思います。(了)

 南谷優成(みなみたに・まさなり)
 東京大学医学部付属病院・総合放射線腫瘍学講座特任助教
 2015年、東京大学医学部医学科卒業。放射線治療医としてがん患者の診療に当たるとともに、健康教育やがんと就労との関係を研究。がん教育などに積極的に取り組み、各地の学校でがん教育の授業を実施している。

 中川恵一(なかがわ・けいいち)
 東京大学医学部付属病院・総合放射線腫瘍学講座特任教授
 1960年、東京大学医学部放射線科医学教室入局。准教授、緩和ケア診療部長(兼任)などを経て2021年より現職。 著書は「自分を生ききる-日本のがん治療と死生観-」(養老孟司氏との共著)、「ビジュアル版がんの教科書」、「コロナとがん」(近著)など多数。 がんの啓蒙(けいもう)活動にも取り組んでいる。




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