こちら診察室 めまい・耳鳴り

友人の「めまい闘病」体験記
~専門医としての後悔も~ 第8回

 これまで、めまいについて多くの側面から考え、説明してきました。しかし、実際にどのように起きるかについては、一刻を争う事態になる脳疾患による場合ほどは知られていません。そこで、実際に脳梗塞によるめまいを発症し、治療を受けた友人のジャーナリスト・青柳雄介さんの体験を紹介します。既に、週刊誌などに闘病記を自ら寄稿していますが、筆者も予兆の発見やリハビリテーションに携わりました。専門医としては「脳梗塞の発症前に対処できていれば」と悔やまれる事例でもあります。「たかがめまい」と思わずに、早期対処の必要性を考えてくだされば幸いです。

脳梗塞を発症し、水中リハビリテーションに励む青柳雄介さん(左)

 ◇天井が回転した

 彼が脳梗塞を発症したのは2022年7月20日の午後10時すぎ、自宅で原稿を書くために調べ物をしていた時だそうです。本人が言うには「急に頭がクラクラし、パソコンから視線を上げると、向こう側にある壁や天井が上から下へグルングルンと回転し始めた」。初めての経験だったそうです。

 「何か変だ」と気付くと同時に、医療に詳しいので、とっさに「内耳の三半規管の異常だろうか。でも、耳鳴りや難聴はない」と考えたそうです。こう考えた直後、激しい吐き気に襲われました。洗面所に移動しようと立ち上がろうとしますが、左足にまったく力が入りません。よろめく体を支えようと壁に左手を突いても、体がいうことを聞かない。床に倒れ込んで頭を激しく打ち付けたのですが、その段階では頭痛はなくて意識は鮮明だったと言います。はいながら洗面所に行って何度も嘔吐(おうと)しました。本人は、この時に「尋常ではない異変だと思った。このまま泉下(せんか)の客となってしまう(死亡する)のではないか」と考えたそうです。

 ◇やっとの思いで119番

 「ただ事ではない」と直感し、自ら救急要請。救急隊が入って来られるよう玄関を開錠しました。しかし、その頃になると、体を動かすことも厳しくなっていました。はってベッドにたどり着き、横になっていると、手にした携帯電話に着信がありました。東京消防庁からでした。

 「きょうはコロナ患者の119番要請が相次いでいて、近隣の救急車がすべて出払っています。やや遠い消防署から向かいますので、しばらくお待ちください」

 彼は「脳が破壊され、一刻を争うような状況なのに」と焦りました。しかし、思ったよりも早く救急車が到着。搬送された大学病院でCT検査を受け、満床のため、転院した関連病院でも頭部MRI検査を受けました。その結果、「小脳・脳幹梗塞」と診断されました。幸い治療は間に合いましたが、長期の療養とリハビリを強いられました。

 ◇前兆はあった

 実はこの脳梗塞、前兆らしきものがあったのです。発症の2週間前、筆者と原稿の打ち合わせ中に、彼は数日前に起きためまいのことを話しだしました。何となく横揺れのような軽いめまいを感じ、同時に歩行が少しフラフラし、一瞬意識がなくなり、左手に違和感も出たとのことです。その様子を聞いた筆者は「なるべく早く、できればきょう、脳外科の専門医の診察を受けた方がいい。あるいはあす、私のクリニックで検査しよう」とアドバイスしました。私のクリニックは埼玉県川越市にあります。

 おそらく、この時のめまいは「一過性脳虚血発作」と言われるものだった可能性が高いでしょう。この発作は本格的な脳梗塞の前触れで、発作後に詰まった血管が再び開通し、血流が再開して症状が消失する状態を指します。この発作からあまり間を置かずに脳梗塞を発症することが多いので、すぐに専門医の診断を受ける必要があります。彼が脳梗塞だったと知った筆者は「あの時に、もっと強く受診や検査を勧めていればよかった」と後悔しました。

 入院先での説明によると、小脳と脳幹のほかにも幾つかの梗塞が認められ、「梗塞部分がもう少し大きかったら、命はなかった」と言われたそうです。彼はもともと心房細動不整脈)があり、そこから血栓が脳に流れ、詰まってしまったようです。ただ、この不整脈については循環器内科で既に見つかっていて、「軽微なので様子を見てもいいでしょう」と言われていたそうです。しかし、不整脈がある人は、めまいを起こしやすく、メタボリックシンドロームや喫煙など動脈硬化の要因がある場合は、特に注意しなければいけません。

 ◇元気でいるために

 脳梗塞の前兆として、なぜめまいが起きるのか、不思議に思う人も多いことでしょう。小脳や脳幹の梗塞は、血液を供給する脳底動脈に血栓が詰まって起きることが多く、前兆となる一過性脳虚血発作は椎骨の脳底動脈の循環不全で起きます。ここの循環不全が起きると、脳の働きが阻害され、一時的なめまいやしびれが起きるのです。

 これまでめまいについて8回にわたり連載してきました。めまいは「耳からきた」のか、それとも「脳からきた」のか。あるいは、不眠や自律神経の異常、抑うつ症状からでしょうか。原因はさまざまです。めまいの原因がどこにあるかを可能な限り絞っていただき、適切に対処していくことで「いつまでも元気で生き生き」を目指しましょう。

 長い間お読みいただき、大変ありがとうございました。(完)

 坂田英明(さかた・ひであき)
 川越耳科学クリニック院長、埼玉医科大客員教授。元目白大学教授。日本耳鼻咽喉学会専門医、日本聴覚医学会代議員。日本小児耳鼻咽喉学会評議員。1988年埼玉医科大卒、91年帝京大学医学部附属病院耳鼻咽喉科助手、2005年目白大教授、15年より現職。小児難聴や耳鳴りなどの治療に積極的に取り組み、著書多数。近著に「フワフワするめまい食事でよくなる」(マキノ出版)。


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