口とあごの病気の予防 家庭の医学

■妊娠中の健康
 歯は乳歯も永久歯も妊娠(にんしん)中につくられます。妊娠中の母体の健康はその子どもの乳歯、永久歯の形成に深く関与します。出産後も母乳などを通じて乳児の歯の成長、発育に大きな影響を与えます。
 したがって、妊婦は母体自身の健康を保つだけでなく、母体の中で成長発育している胎児、あるいは哺乳(ほにゅう)中の乳児の歯の成長発育に必要な栄養素、特に良質なたんぱく質やカルシウム、リンなどの無機質、ビタミンを十分にとる必要があります。
 また、妊婦はホルモンの変化、唾液(だえき)の酸性化、食事の変化が原因となって、う蝕、歯周病、口の粘膜の病気にかかりやすくなりますので、ふつうのときよりもいっそう口の中の清掃に気をつける必要があります。妊婦の方が歯科治療を受診される場合には、安定期(妊娠4カ月から8カ月)の間におこなうといいでしょう。

■刺激物の除去
 う蝕(しょく)などによって生じた歯の鋭いかど、適合のわるい入れ歯の縁やバネ、歯の間にはさまった食べ物のかす、あるいは喫煙などの慢性の刺激が加えられたりすると、口の粘膜の炎症、白板(はくばん)症、義歯(ぎし)性潰瘍(かいよう)などが起こり、放置しているとがんになる可能性もあります(褥瘡性潰瘍)。
 刺激物を除去しても治らない場合には、口腔(こうくう)外科の専門医を受診しましょう。特に、前がん病変として注目されている白板症がある場合には、発がんの原因となる刺激の除去、そのなかでも喫煙は絶対にやめなければなりません。

■悪習癖の除去 
 小児の指しゃぶり(吸指癖)、くちびるをかむ癖(咬唇癖〈こうしんへき〉)、舌の突き出し癖(弄舌〈ろうぜつ〉癖)、口呼吸、歯ぎしり、ゴム乳首の常用などは、不正咬合(こうごう)の原因となります。

■かみ合わせの治療
 歯並びの異常、歯のつめ物や入れ歯の異常、歯の欠損などによるかみ合わせの異常が長い間続くと、ある特定の歯にだけ力が加わり、歯のまわりの組織に慢性の外傷(咬合〈こうごう〉性外傷)が起こり、歯周病の原因にもなります。また、顎(がく)関節や咀嚼(そしゃく)筋の異常を起こし、やがては顎関節症になることもあります。

■感染病巣の除去
 口の中は、う蝕や歯周病智歯(ちし)周囲炎などの感染病巣ができやすいところです。これらは心疾患をはじめとする全身的疾患の原因となります。こうした病気をほうっておくと、全身の抵抗力が弱くなったときに急性発作による急性炎症をひき起こしたり、治りにくい慢性骨髄(こつずい)炎の原因となったりすることがあります。
 また、病巣感染から菌血症、さらに敗血症となり、全身の危険な病気をひき起こす場合もあります。感染病巣を治療によってなくすことが大切です。

■口腔ケア
 近年、口腔ケアは、う蝕や歯周病などの予防だけでなく、口腔機能のはたらき(摂食・嚥下〈えんげ〉、咀嚼〈そしゃく〉、発音、審美、顔貌の回復、唾液分泌能力など)を健全に維持・向上、さらには栄養の改善に有効であることが示されてきています。「食べる」という食行動は人間の本能的な楽しみであり、生きる意欲の向上にもつながっていきます。最終的にはクオリティ・オブ・ライフ(QOL:人生の質、生活の質)の維持・向上をサポートするものとして実践されています。
 口腔ケアとは、「口腔の疾病予防、健康の保持増進、リハビリテーションによりQOLの向上を目指した科学であり技術である」(日本口腔ケア学会)と定義されており、口腔清掃だけでなく、口腔機能回復(リハビリテーション)の目的もあります。
 また、口腔と全身疾患とのかかわりについて数多く報告されています。歯を失う原因の第1位に歯周病があります。歯周病は日本の成人の約8割がかかっているという疾患です。歯周病の原因は歯垢(プラーク)の沈着で、歯周ポケットの歯垢中に生息している歯周病菌(グラム陰性嫌気性桿菌〈けんきせいかんきん〉)です。歯周病菌は白血球を攻撃するために毒素やさまざまな物質を出しますが、白血球も菌に対してさまざまな物質を出して炎症が生じ、歯周病菌や炎症物質が集積します。慢性的に歯肉がはれている状態では、歯周病菌や炎症物質は毛細血管を経由して全身に回ります。その結果、歯周病は糖尿病、心疾患、脳卒中などの疾患に関連すると報告されています。最近では腎臓病、関節リウマチ、認知症、がん、女性の場合は早産、低出生体重児にも関連すると報告があります。口腔内の歯周病菌が直接気管に入り込むことによる誤嚥性肺炎の原因にもなります。
 歯周病の予防法は歯に付着した歯垢をブラッシングで取り除くプラークコントロールです。しかし、歯垢が固まって歯石になると歯ブラシでは除去できません。専門器具を用い除去する処置をおこなうため、歯科医療機関での専門的口腔ケアが必要になります。
 歯を失う原因の第1位が歯周病でしたが、歯が多く残っている人はそうでない人とくらべ、うまくかむことができるので生命予後がよいという報告もあり、口腔ケアと全身かかわりの関係があきらかになってきています。
 高齢者における肺炎の多くは細菌に汚染された唾液や食物を誤嚥することで生じる誤嚥性肺炎が原因といわれています。継続的な口腔ケアは誤嚥性肺炎の予防に有効であると報告されています。また、口腔ケアをおこなうことで嚥下反射の改善やせきを起こす反射の改善が見られたという報告もあります。

(執筆・監修:東京大学 名誉教授/JR東京総合病院 名誉院長 髙戸 毅)
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