環境と健康 家庭の医学

解説
 病気の原因や発病を考える際、宿主―病因―環境という考えかたがあります。病気が発症するのは、病気になる個人(宿主)の要因と、病原菌などの直接の原因(病因)と、環境要因の三者がそろったときであるという理解です。
 たとえば結核という病気の場合、結核菌があれば誰でもが結核になるわけではなく、免疫(めんえき)などによる抵抗力が落ちている人が病因である結核菌を肺などに吸入した場合にまず発病します。また同じ人でも、住宅環境や医療などの環境要因も発病するか否かに関係します。ひとたび家族に結核患者が発生すれば、他の家族にも感染する可能性が高まります。2019年冬に中国で始まった新型コロナウイルスのパンデミックも中国、韓国、日本をはじめとしたアジアの国々と欧米では患者の数、死者の数が大きく異なっていました。この差異はアジアと欧米では人々の免疫に関係する遺伝子が異なるためという宿主説と、ウイルスは変異をくり返すのでウイルスの型が違うという病因説と、医療や検疫体制を含めた社会環境要因説がありましたが、その後の経過は社会環境要因がきわめて大きいことを示しています。
 この例のようにウイルスや細菌などによる感染症の場合には、環境は病因である病原体と、宿主である人間のせめぎあいによる発病の際の修飾因子と位置づけられてきました。
 ところが、環境自身が病因として問題になる場合も多々あります。よごれた大気環境による呼吸器の疾患、温暖化など地球環境の変化に伴う熱中症などの疾患です。健康に与える環境の影響について、いまほど人々の関心が高まったことはありません。しかし、同時にさまざまな誤解や思い込みが生まれているのも事実です。
 そこで、個々の環境要因とそれによる疾患を列挙する前に、また、環境要因による健康被害を考える際に、共通に理解しておいたほうがよいことを説明したいと思います。

■宿主・病因・環境
 さきにあげた宿主と病因、環境というように病気の原因や発病のメカニズムを多面的にとらえる考えかたは、いわゆる環境病に限定されるものではありません。程度の多少はあれ、ある意味で、すべての疾患・すべての病気の発症にはこの三者の要因が関与しているといっても過言ではありません。ある環境汚染物質に曝露(ばくろ:さらされること)した集団で、発病したのが集団の一部の個人だけだったからといって、病気をすべて個人の体質のせいにするのは正しくありません。対策を考える場合には、もっとも弱い人でも発病しないような環境づくりが求められます。しかし、現実には常にリスクをゼロにすることができるわけではなく、また時には一律な対策よりは一人ひとりに応じた対策のほうが有効なことがあります(リスクの評価とリスクの管理)。
 有害な環境要因を減らすのは手段であって、本来の目的は病気をできるだけ防ぐことであり、そのためになにが必要かという基本に戻った考えかたが必要です。

(執筆・監修:帝京大学 名誉教授〔公衆衛生学〕 矢野 栄二)