静脈血栓塞栓症(VTE)に関する国際コンセンサス会議(ICM-VTE)は、人工関節置換術施行後のVTE予防法として、患者背景を問わず低用量アスピリンを推奨するとのRecommendation(以下、勧告)を発出した(J Bone Joint Surg Am 2022; 104: 180-231)。米・Case Western Reserve University School of Medicine/Cleveland Clinic FoundationのMonish S. Lavu氏らは、大規模観察研究を行って検証。その結果、低用量アスピリンと人工膝関節全置換術(TKA)後のVTEリスク低下との有意な関連が示され、勧告の妥当性が裏付けられたJ Bone Joint Surg Am2024; 106: 1256-1267)に報告した。(関連記事「術後2週時の『ひきつる痛み』は遷延痛のサイン」)

大規模データに基づくエビデンスは乏しい

 2022年のICM-VTE勧告では、「TKA/人工股関節全置換術(THA)後の至適VTE予防法は何か」という問いに対し、「中等度~高リスク例を含め、TKA/THAを受ける全ての患者において、VTE予防法として低用量アスピリンを推奨する」〔推奨の強さ:強い、賛成76.92% 反対19.66% 棄権3.42%:強いコンセンサス)と回答。最も効果的かつ安全な予防戦略として位置付けている。

 しかし、TKA後のVTE予防法としての低用量アスピリンの有効性を示す大規模データに基づくエビデンスは少なく、他の予防レジメンに対する優位性を否定する報告も散見される(関連記事「アスピリンのVTE予防効果、抗凝固薬に劣る」)。

 そこでLavu氏らは今回、低用量アスピリンと他の予防レジメンによるTKA後のVTE予防効果を比較する大規模観察研究を実施した。対象は、2012~22年に全米60施設でTKAを受けた患者12万6,692例。VTEリスクで分類し、低用量アスピリン(81mg/日)の処方割合、傾向スコアマッチングにより選出した低用量アスピリンコホートと他の予防レジメンコホート(対照コホート)における術後90日間の深部静脈血栓症(DVT)、肺塞栓症(PE)、出血イベント、感染症、死亡率、入院のリスクなどを比較した。

処方割合は50%超まで増加

 検討の結果、低用量アスピリンの処方割合は2012年の7.65%から2022年には55.29%に増加したのに対し、他の予防レジメンは96.25%→42.98%に減少した。低用量アスピリンの処方割合はVTEリスクを問わず増加していたが、低リスク集団でより増加幅が大きかった(オッズ比1.17、95%CI 1.15~1.20)。対照コホートに対し、低用量アスピリンコホートでは術後90日間のDVT、PE、出血イベント、感染症、入院のリスク低下が認められた。

 以上を踏まえ、Lavu氏らは「TKA患者を対象とした大規模な研究から、低用量アスピリンはさまざまなプロファイルを持つ集団において安全かつ有効なVTE予防戦略であることが示された。これはICM-VTE勧告の推奨を裏付ける結果だ」と結論している。

 台湾・National Taiwan University Hospital Yunlin BranchのShau-Huai Fu氏らは同誌の付随論評(2024; 106: e29)で、「特筆すべきは最新の患者データを用いた点である。最新の人工関節置換術や急速回復プロトコルにおける転帰について重要な洞察をもたらすものだ」と評価。その上で、「①VTEリスクの定義が曖昧で心房細動、機械式人工心臓弁、最近のDVTなどの既往例における重症度のばらつきが見落とされている、②TKA施行前に抗血栓薬の使用歴があった患者は15%にすぎず、今回の結果を抗血栓薬使用例に一般化できない、③抗血栓薬の切り替えによる影響は否定できない、④外来手術センターの増加や急速回復プロトコルなどの要因が転機に影響している-可能性がある」と指摘。低用量アスピリンの臨床転帰への影響を適切に評価するには、入院年、施設のレベル、外科医の好み、患者の社会経済的地位などの交絡因子の影響を包括的に検討すべきだと付言している。

関根雄人