中世に猛威振るったペスト
感染症の歴史に学ぶ
新型コロナウイルスに限らず、飛沫(ひまつ)感染する病気は寒い時期にはやりやすいとされる。世界の感染症の歴史に詳しい東京医科大学の濱田篤郎教授は「世界的な視野に立てば、新型コロナウイルスは消えることはなく、流行が続くだろう」と警告。特にペストに注目し、過去の感染症の歴史に学ぶよう呼び掛けている。
「人間の歴史において何回か大きな感染症の流行が起きている。その中でも特に、14世紀のペストは人類を滅亡に近いまでの状況に陥れるほどの被害をもたらした」と濱田教授は話す。
カーニバルでペスト患者診察医に扮した人たち。ペストは視線と呼気でうつるとされていた=2020年、イタリア・ベネチア(AFP時事)
◇7000万~8000万人死亡
ペストの大流行では、全世界で7000万~8000万人、欧州で3人に1人が死亡したとされる。1918年のスペイン風邪でも4000万人が死亡したが、この時は濱田教授によれば当時の人口からすると人類を滅亡に追い込むという状況ではなかった。
「ウイルスや細菌の感染力が強いと、毒性は強くないとされる。しかし、14世紀のペストは感染力も毒性も強かったとみられる。今回の新型コロナも、ある程度そういう状況がある。新しい病原体は人がどういう反応をするか分からないので暴走してしまうことがある」
◇14世紀のグローバル化が背景
もともと中央アジアの風土病だったペストは、モンゴル帝国の支配下で開けた交通路から欧州に伝わり広がった。当時の「グローバル化」である。新型コロナウイルスが瞬く間に世界中に広がった背景にはやはり、グローバル化がある。「感染症の大流行が起きるのはある程度人の行き来が盛んな時代が多かった。14世紀も当時としてはグローバル化の時代だった」
濱田篤郎・東京医科大学教授
中世の欧州キリスト教世界は大変不潔だった。中世社会はローマ時代を否定するところから始まっているので、入浴は良くないとされていた。聖職者は風呂に入らないし、着替えもしなかった。ノミではなく、シラミから人へ、人から人にうつる状況が感染力を非常に高めたと考えられる。時代は下るが、「アンネの日記」のアンネ・フランクが強制収容所で死亡したのは、シラミが媒介した発疹チフスが原因だったという。
◇対策はペスト時と変わらない
未知の病原体ペストに対してはもちろん、ワクチンと治療薬がないので、抑え込んだ手段は結局、隔離、検疫、都市封鎖というものだった。現在取っている新型コロナウイルス対策も、欧州のロックダウンなどを見れば分かるように、昔と変わらない。
1980年、世界保健機関(WHO)は天然痘の撲滅宣言を出した。第2次大戦以降、感染症の制圧が進んでいる一方で、新たな感染症も起きている。その要因として人口増加を濱田教授は挙げる。「人口増加に伴う経済発展により奥地の開発が進み、20世紀後半から人間が動物を介して未知の病原体と接し、新しい病気にかかることが増えてきた」。その代表的な例がエボラ出血熱であり、マレーシアで起きたニパウイルスの感染症だ。
エボラ出血熱感染防止のため手を洗う子どもたち=2014年、ナイジェリアで(EPA時事)
◇生態系も視野に
新型コロナウイルスに関しては、マスクの着用や手指の消毒といった衛生面、外出の自粛などによって国内での流行は沈静化してきたとみられ、緊急事態宣言は解除された。ただ、秋から冬にかけて第2波が来ると懸念する向きも少なくない。
医療体制が脆弱(ぜいじゃく)なアフリカなどでの感染拡大も懸念されている。
「現代医学の英知を集めてワクチンができれば、新型コロナウイルスはおそらく制圧できる。しかし、もっと毒性の強いものが人の社会に入ってきたら、あっという間に人類は絶滅の危機に直面する。今の流行は抑えていかなければならない。同時に、なぜ感染症が起きるかを踏まえると、生態系というものも十分考えないといけないのではないか」
濱田教授は、感染症の観点から人間がむやみに自然を切り開き、開発することを憂慮している。(了)
(2020/06/22 08:00)