女性医師のキャリア

多様な背景を持つ医師が求められる時代
~SE、高校講師、留学、回り道をしたからこそ分かること~


 ◇多様な医師を育成するメディカルスクール

 日本で4年制大学卒業後の学士や社会人が医師になる方法としては、私のように医学部に1年次から再入学する方法と、医学部の1年後期から3年前期までの間に編入し、4年から5年半医学部に在学する学士編入学という方法があります。しかし、どちらも基本的には高校卒業直後の18歳の学生を対象としたプログラムに参加するため、人数の面でもマイノリティーとなる傾向にあります。

 アメリカをはじめとする海外には、医師養成大学院(メディカルスクール)という他学部で4年間の大学教育を受けた学士専用のプログラムがあります。日本の再入学や学士編入学が学部教育であるのに対して、メディカルスクールは4年制の大学院教育であり、目的として特に重要視されているのは多様な医師の育成です。入学者は全員学士以上の大人であり、医学部教育とは学習環境、教育方法、文化が大きく異なります。

留学先のハーバード大大学院にて学友たちと=杉原医師提供

留学先のハーバード大大学院にて学友たちと=杉原医師提供

 ◇国内に医師養成大学院を!

 日本でも、多様な医師の育成に対する興味が徐々に高まっているようですが、学士に特化したプログラムの創設は、まだ本格的には議論されていません。経験の多い、年齢の高い医師の体力や、医師として働ける年数を懸念する意見があるというのを聞いたことがあります。個人的には、医師として働ける年数のような数値よりも、他学部での学びや社会経験が先輩・後輩・同僚や周りの医療者にどのように刺激を与え、患者さんやその家族、研究や教育にどのような好影響を及ぼすかということの方が大切だと考えています。

 年齢を問わず、医師を目指す学生が伸び伸びと勉強ができ、個性を発揮できる医師養成大学院を日本に1校実験校として設立するのも良い方法なのではないでしょうか。いずれにしても、より多くの人に回り道医師のキャリアや医療者の教育全般に関心を持ってもらえるように、研究、執筆、勉強会の企画、講演などの活動を行っています。

 先日も、日本の大学を卒業後、教員、国際連合(国連)職員を経て、群馬大学医学部に学士編入学して医師になり、現在ニュージーランドで活躍する青柳有紀医師と、「国内外で活躍する回り道医師のキャリアを知ってもらえるようなシンポジウムの機会がつくれたらいいですね」とメールで話していたところです。

 ◇医師の労働問題、改善のカギは多様性

 医師の労働問題を考え、環境を改善していくためにも多様性が重要なのではないかと考えています。例えば、研修先にもよりますが、国立大学の大学病院の臨床研修医の基本手当は、私が研修医をしていた10年前ごろ、235,000円位でした。初期研修医は6年制医学部を卒業しており、4年制の大学でいえば修士課程を2年で終えて企業の研究所に勤務する人に相当します。そればかりか、人の命を預かるという責任のある仕事でストレスも高く、訴訟などのリスクにもさらされています。私はIBMに5年半勤めて27歳の時に退職しましたが、その時の給料と比較しても低すぎると感じました。

 しかし、私が何より驚いたのは、その疑問を同期の研修医にぶつけたときの相手の反応でした。 「自分は医療界のことしか知らないので、基本給が低すぎると言われても分からない」という返答だったのです。私はこの時、驚きを感じたと共に、医療者の労働環境の改善に時間がかかっている理由の一端を理解できた気がしました。

 医療界では当たり前のことでも、外側から見ると違和感を覚えることがありますが、この違和感こそが、医療界の改善につながる鍵となることが少なくありません。時間はかかるかもしれないけれど、回り道医師のような多様なキャリアを持つ人材を増やして議論していくことが、医師の労働環境の現状を見極め、改善への一番の近道になるのではないかと思っています。

 ◇職人集団である医師が陥りがちなリスク

 医師になってみて強く感じたのは、医師の集団は自分が想像していた以上に職人的な集団だということでした。自分も含めて、医師が医療の職人的技術に対して夢中になると、自己満足に陥り、倫理をないがしろにするリスクが少なからずあるのではないかと思います。人が倫理的でなくなる理由はいくつかありますが、そのうちの一つとして「自分は絶対に正しい」と思い込んでしまうことがあります。医師は権限も大きく、チームでもリーダーになることが多いため、人からの指摘を受けることも少なく、自分を外から見る視点が欠如しやすい職業です。気が付かないうちに患者さんの人権を侵害してしまうなど、倫理性を失いがちになることもあると思うのです。特に精神科は弱者の中の弱者とやりとりをしますので、医師の中でも特に高い倫理観を持って患者さんの人権を考えながら医療を行うことが求められます。

下段・杉原医師、上段右・白川礁、上段左・稲垣麻里子

下段・杉原医師、上段右・白川礁、上段左・稲垣麻里子

 ◇できるだけ多くの人に関わることが力になる

 精神科医としての仕事もそうですが、自分が楽しめて人の役にも立つことができれば一番うれしいですよね。ただ、自分が所属しているところだけに納まっていると煮詰まってくる時があるのです。医師は権限を持っている職業だから、ずっと同じところで仕事をしていると、だんだん判断が鈍ってくるようにも思えてきます。その医療機関の限界、医師の器量や得意分野も関係するので、やむを得ない場合もあるとは思いますが、年齢や疾患に関して、「こういう患者さんは診ない」といった発言を時々耳にすることがあります。

 私は視野が狭まらないよう、日本精神神経学会だけでなく、日本医学教育学会、日本医学哲学・倫理学会、日本生命倫理学会、日本臨床倫理学会等、倫理と医療が関係する学会には全部入り、医療者以外の社会科学・人文科学系の研究者や精神科以外の医療者たちとのつながりも大切にしています。多様な立場の皆さんの純粋な情熱に触れたりすると、良い刺激を受けて原動力になります。

 ◇地域における精神科医療の実現を目指す

 医学教育への興味が強いので、ゆくゆくは医学部の教員になって、精神科だけではなく、医学教育や医療倫理を学生さんたちと一緒に語り合えたらうれしいと思っています。

 倫理の重要な指標の一つは、自分がされたくないことは人にしないという、とても単純なことだと思います。アルコール使用障害(アルコール依存症)のように、依存対象から離れるために入院した方がいい患者さんもいますし、合併症があって心身ともに一定以上の症状がある患者さんも入院が必要です。ただ、「自分も入院はできればしたくないから、患者さんにも入院以外のサービスも提供できる医師でありたい」と思っています。イタリアでは精神科単科病院というのは無くなっていて、精神疾患の患者さんを家や地域社会で支えるという方向に進んでいます。

 定年退職した後になるかもしれませんが、地域で支える精神科医療を日本でも実現できるよう尽力し、それを大学でも教えられたらうれしいと思っています。精神科は患者さんを家から出すのも仕事ですから、たとえばアルコールを自分の部屋で1日中ずっと飲んでいる患者さんやひきこもりの患者さん、通院が難しい神経難病や進行がんの患者さんに対して、通院と在宅医療とオンライン診療を柔軟に組み合わせることで、幅広い精神科診療が実現できるのではないかと考えています。

ハーバード大学の学内のダンス・スクールの仲間たちと=杉原医師提供

ハーバード大学の学内のダンス・スクールの仲間たちと=杉原医師提供

 ◇海外での生活は新しい自分の発見につながる

 日本は単一民族に近い国家であり、特に医師は均一集団ですから、全く別の視点で見る目を養うために、どこの国でもいいから外国に住む体験をすることを強く勧めます。私は医師になる前に、1年半ハーバード大学大学院で比較文学の単位を取るために留学していました。留学する前には、留学とは異なる文化や言語や考え方を学ぶことに意義があると思っていましたが、実際に留学してみると、それ以上に人生観を大きく揺さぶるような体験であり、新しい自分を発見することができました。アメリカでの生活の蓄積により、帰国した時に、良い意味での「2度目の留学」のようなカルチャー・ギャップを感じ、そのギャップが人生を考えるきっかけとなり、「医師になりたい」という気持ちにつながったのではないかと思います。長期に海外で生活することは、誰もがいつでもできることではないので、学生時代でも社会人になってからでも、「行きたい」と思ったときには迷うことなく実行するべきだと思います。 (了)

 *学生団体メドキャリ   
 医療系の学生が自分らしいキャリアを考えるために2018年に発足した学生団体。キャリアに関するイベントや情報発信などの活動を行い、医療系の学生や若い医療者が広い視野を持てるように学びの機会や交流の場を提供している。facebookページ

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