歯学部トップインタビュー
健康寿命の延伸を視野に
~口の中だけでなく全身を診られる教育を-日本歯科大学生命歯学部~
日本歯科大学は、1907年6月、公立私立歯科医学校指定規則に基づき創立された日本初の歯科医学校・私立共立歯科医学校にはじまり、今年で創立116周年を迎えた。新潟と合わせて二つの生命歯学部があり、卒業生は約2万1000人、歯科医師の7人に1人に相当する。2006年に歯学部から生命歯学部と名称を変えたのは、歯科医学は生命体を学ぶ学問であり、歯科医療は生命体への医行為であるという考えに基づいている。建学の精神は自主独立。沼部幸博生命歯学部長は「常に自分で考え、自ら道を切り開いて行動できる歯科医師を育てていきたい」と話す。
沼部幸博生命歯学部長
◇新設される国民皆歯科検診に期待
政府は今年の「骨太の方針」で、すべての国民を対象にした国民皆歯科検診の導入を検討する方針を盛り込み、今後3~5年をめどに、実現に向けた検討が進められていく。
現在、歯科検診が義務付けられているのは高校生までと一部の職業の成人に限られ、大学生やほとんどの社会人は対象外だ。
「常々歯科健診の対象が、なぜ未成年だけなのだろうと思っていました。成人以降に罹患(りかん)率が高まる歯周病は心疾患、脳血管疾患、肺炎、早産など、さまざまな病気につながりますし、『かむ』ことが認知機能の低下を防ぐなど、口の中の健康状態は体全体の病気やコンディションに影響することが分かっています。よって歯科健診を行い、口の中の病気を早期発見、早期治療することは健康寿命を延ばすことにつながります。ようやく私たち歯科医師の要望が受け入れられるようになりました」
しかし、まだプロジェクトチームが立ち上がった段階で、具体的な内容はこれからだ。
「虫歯だけではなく、特に高齢者は全身の健康に影響する歯周病のチェックも行うことが不可欠だと思います。全部の歯の歯周病チェックをすると、1人当たり時間も労力もかかりますから、どこまでやるのかは今後の検討課題ですね」
日本歯科大学生命歯学部本館
◇歯科医師の仕事の魅力を伝える
同生命歯学部では、早い段階で歯科医師を目指すモチベーションを高めるための教育を積極的に行っている。
まず入学すると、すぐに附属病院や口腔(こうくう)リハビリテーション多摩クリニックなどの歯科医療現場を見学する機会を設け、1年生から臨床教育をスタートさせる。
「歯科大学の学生の中には歯科医師ではなく、医師になりたかった学生が少なからずいます。歯科医の仕事は虫歯を治すだけではなく、多様で奥の深い仕事だということを伝えるよう心掛けています」
また、プロフェッショナリズム教育では、毎週、さまざまな分野で活躍する歯科医師を招いて、歯科医師の仕事の可能性を具体的に伝えている。例えば、災害時に活躍する歯科医師、国防を支える歯科医師、行政機関で働く歯科医師、歯科産業界に身を置く歯科医師、顔面損傷した人の修復に携わる歯科医師、宇宙に研究の場を求める歯科医師、歯科医療の経済的分析のプロなど。卒業生の数が多く、他大学との交流も盛んなため、人材には事欠かない。
2年生では、リサーチマインド(科学的研究心)を育てるために、臨床系や基礎系の講座、研究センターなどに7~8人ずつ学生を半年から1年間、配属し、自ら研究する機会を与えている。
「グループで話し合って研究成果をまとめ、発表してもらうのですが、学生の発想は面白く、酸性の飲料水で本当に歯が溶けるかどうかを実験したり、歯磨き粉の効果を比較研究したり、光るマウスピースで口の中のばい菌を減らす仕組みを考えた学生もいます。われわれには無い、若い視点での面白い研究がずいぶん出てきています。中には学会で発表して賞をもらう学生もいますよ」
図書館
◇生涯学ぶことを忘れずにいてほしい
歯科の分野も日進月歩。かつては想像もつかなかったような新しい知見が次々出て、常識が塗り替わっていく。そんな中で、同大学が学生に求めるのは生涯学ぶことを忘れない姿勢だ。
「私が学生の頃は、歯周病が全身の病気と関係があるなんて教育されなかった。歯科は口の中を考えれば良いという考え方が主流でした。インプラントも日本で普及し始めたのはこの35年くらいのことで、これほど身近な技術になるなんて考えられませんでした。ですから、卒業後も積極的に最新の情報に触れ、技術を習得していかなければ、患者さんの希望に応えることができないのです」
「審美歯科に対するニーズもますます高まっており、患者の口の中の機能を取り戻すだけでなく、審美的にも満足を得ていただくことも重要です」
また、沼部学部長は、歯科医師国家試験は全国の受験者の約3人に1人が不合格という現実に危機感を抱いている。「資格試験である国家試験の難易度が高まっていて、毎年3000人以上受験するのに、合格者は2000人前後です。私には、歯科医師が過剰だという過去の認識に基づいて、選抜試験化していると感じます。浪人すると合格率はさらに下がりますから、確実に学部教育の中で、余裕を持って合格できる学力を身に付けられるようにサポートしていきたい」
◇歯科医療の進化とともに歩んできた
沼部学部長は、栃木県の開業歯科医院の次男として生まれ、歯科医師になることを期待されて育った。
「本当は化石が大好きだったので、古生物学を学びたかったんです。二つ上の兄が医師になり、『後を継ぐのはお前しかいない』と言われまして…」
祖父が日本歯科大学の7回卒、父親が39回卒、自身は72回卒、次女が108回卒と、4代にわたって、この大学の卒業生だ。
大学4年生の時、当時はまだ新しい分野だった歯周病学に出合う。
「歯周病学の講義に全然ついて行けなくて。なぜこんなに分からない学問があるんだろうと思って勉強しているうちに大学院に入り、米国に留学し、今に続いています」
カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)では歯周病科に所属し、口の中の免疫反応について研究。帰国後は、主に歯周病と喫煙との関係について研究した。
「まだ日本に歯周病の治療に禁煙が必要であるという概念が十分確立していなかった時代です。たばこを吸うと歯周病が悪化するという研究結果を報告すると、『あなたは喫煙者を侮辱しているのか』などと叱責されたこともありました」
まさに歯周病学の発展とともに歩んできたという沼部学部長だが、結局、実家の歯科医院を継ぐことはなく、日本歯科大学で長年、教育・研究、臨床に携わることになる。
「自分の知識を学生にどう伝えるかを学んでいくうちに、教育の面白さに目覚めました。学生の試験の答案を見て、正答率が低いと、『きちんと話したはずなのにどうしてだろう、教え方がまずかったのか』と考え、『それなら次はどう教えよう』と考えるのが面白くて。今はパワーポイントや動画などがあって、視覚的にもいろいろな工夫ができますよね。昔、これがあったらもっとうまくできたのにと思います」
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(2022/07/20 05:00)