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狙った場所に、望んだタイミングで低酸素環境を作り出す光酸素スカベンジャーを開発 公立大学法人 名古屋市立大学
国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)

         Angewandte Chemie International Edition
        2023年3月17日14時 (日本時間) EarlyView公開


 名古屋市立大学大学院薬学研究科の家田直弥 講師、中川秀彦 教授、同大学院医学研究科の澤田雅人 講師、澤本和延 教授、群馬大学大学院理工学府の吉原利忠 准教授、および京都大学大学院工学研究科の中尾章人 助教、森泰生 教授らの共同研究グループは、光によってO2(酸素)の消費を制御できる新たな試薬を開発しました。酸素はヒトをはじめとする生命が活動エネルギーを作り出すために必要不可欠な分子ですが、からだの中で酸素濃度が低下した状態(低酸素※1)をどうやってからだが感知しているのか、未解明な点が多いのが現状です。このような研究において低酸素環境を自在に操ることができれば、からだのどの部位が、どのようなタイミングで低酸素を感知しているのか、詳細に調べることが可能になり、低酸素によって引き起こされる様々な疾患の病態の解明につながると考えられます。
 今回、セレン(Se)※2という元素を含む色素が、サプリメントとしても知られるグルタチオン※3という物質と協働し、緑色や橙色の可視光に応答して急速に酸素を消費する光酸素スカベンジャー※4として機能することを発見しました。これらを応用し、非常に狭い範囲に光を照射することで細胞数個分程度の範囲でも低酸素状態を作り出せることが分かりました。また、低酸素に応答してカルシウムイオンを流入させるタンパク質であるTRPA1(Transient Receptor Potential A1)※5の活性を、一部分の細胞だけで光制御できることも分かりました。このように生きた細胞にも応用でき、光によって酸素を消費できるような試薬は前例がないため、低酸素の研究における強力なツールとして期待されます。

【背景】
 O2(酸素)はヒトを始めとする様々な生物が活動エネルギーであるアデノシン三リン酸(ATP)※6を作り出すために必要な分子であり、酸素濃度の低下(低酸素)は多くの生物にとって生命活動の低下に直結します。このため生物には低酸素を感知するためのメカニズムが備わっており、これらの機構解明は虚血など低酸素が伴う病態をより詳しく知り、その治療法を発見するためにも重要です。しかし、からだの低酸素感知のメカニズムは未解明な点が多いのが現状です。このような研究において低酸素環境を構築する方法として、酸素濃度の低いガスを充満させた低酸素チャンバーを用いる方法や、グルコースオキシダーゼなどの酸素を消費する酵素を用いる方法が知られていますが、いずれも検体の全てまたは大部分を低酸素環境にさらす必要があり、からだのどの部位が、どのようなタイミングで低酸素の感知に必要なはたらきをしているのか、調べることは困難です。このため、狙った場所で、望んだ時間に低酸素環境を作り出すことができれば、低酸素研究を行う上で非常に強力なツールになると考えられています。


【研究の成果】
 図(a)に示すSeR-BCMとTeR-BCMのようなセレンやテルル(Te)※2を有する色素は、過去の報告から、光照射によってチオール(-SH構造を有する分子)を酸化する反応を起こすことが分かっていました。この反応ではO2が酸化剤として用いられるため、私たちはこれを応用することで光によって低酸素環境を作り出すことができるのではと考えました。しかしこの酸素消費反応は活性酸素が発生することで起きていると考えられ、生体内で使用すると細胞へダメージを与える懸念がありました。そのため、細胞への活性酸素の影響を最小限に抑えながら、細胞外から酸素消費反応を行うことを志向し、セレンやテルルを有する色素の細胞膜透過性を低下させる目的で二つのカルボキシ基を有するSeR-BCMとTeR-BCMを設計しました。これらの試薬と、毒性が低く、容易に購入可能なチオールであるグルタチオン存在下での光照射(590 nm、橙色光)に対する酸素消費活性を、酸素電極※7を用いて調べたところ、SeR-BCMが高い酸素消費活性を示しました。この酸素消費はグルタチオンを加えないと、全く見られませんでした。さらに、SeR-BCMとグルタチオンの溶液に断続的に光照射を行ったところ、光照射を行っている時間のみ酸素濃度が低下し、酸素濃度の低下を時間制御できることが示唆されました(図(b))。
 生きた培養細胞でも低酸素が光制御できるかを調べるために、低酸素に応答して緑色の蛍光を示す試薬(MAR)で処理した細胞を用意し、これらにSeR-BCMとグルタチオンを加え、部分的に光照射を行ったところ、光照射を行った周辺のみで低酸素環境を示す緑色の蛍光増大が観測され、数十µmという極めて限局された空間で低酸素環境を構築できることが示唆されました(図(c))。この蛍光増大はSeR-BCMもしくはグルタチオンを加えない場合は観測されませんでした。


 さらに、低酸素に応答してカルシウムを細胞内に通過させるタンパク質であるTRPA1を発現させた細胞を、カルシウムイオンに応答して蛍光を示す試薬(Fluo4-AM)で処理し、SeR-BCMとグルタチオンを投与して光照射を行ったところ、光照射を行った部位のみでカルシウムイオンの増大を示す蛍光の増大が見られました(図(d))。この蛍光増大はTRPA1の阻害剤であるAP-18を加えた場合、SeR-BCMを加えない場合、グルタチオンを加えない場合、TRPA1を発現してない細胞では確認されませんでした。これらのことから、SeR-BCMを用いることで、低酸素に応答するタンパク質の活性を光制御できることが示されました。
 以上の結果より、SeR-BCMはグルタチオン存在下で急速に酸素を消費する光酸素スカベンジャーとして機能すること、培養細胞系において狙った部位で、好きなタイミングで低酸素環境を構築できること、さらに低酸素に応答するタンパク質の活性を光で制御できることが示されました。SeR-BCMは低酸素研究の新たな低酸素環境構築ツールとして応用されることが期待されます。

【研究のポイント】
●「光で酸素を消費する」という新しい概念の分子を開発した。
●生きた培養細胞においてピンポイントで、望んだタイミングに低酸素環境を作り出すことができる。
●セレンやテルルといった有機化学の研究でもあまり馴染みのない元素を応用することで、ユニークな活性を有する分子を開発した。
 
【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】
●低酸素環境を時空間特異的に構築するというこれまでに例のない化合物の開発であり、急性の低酸素検知など、未解明の点が多い低酸素センシングの医学研究に大きく寄与できると考えられる。
●血管の虚(きょ)血再灌流(けつさいかんりゅう)障害や脳虚血など酸素供給の低下が付随する様々な疾患に対する対症方法を探索するためのツールとして期待される。

【用語解説】
※1 低酸素
 様々なからだの中の組織において酸素分圧が通常よりも低下した状態。からだの外の大気圧下では160 mmHgほどで、からだの中ではおよそ100 mmHg以下で推移する。
※2 セレン(Se)、テルル(Te)
 第16族元素に属しており、同じ属の酸素原子(O)や硫黄原子(S)と似た性質を示すが、酸化や還元を受けやすい。セレンはヒトの必須微量元素のひとつ。
※3 グルタチオン
 アミノ酸のグルタミン酸、システイン、グリシンが結合してできるペプチドの一種で、細胞の中に高濃度存在し、活性酸素から細胞を保護する。
※4 スカベンジャー
 ある特定の物質を除去する薬剤などのこと。
※5 TRPA1(Transient Receptor Potential A1)
 低酸素感受性カルシウムチャネルの一種で、低酸素に応答して細胞の中にカルシウムイオンを流入させる。
※6 アデノシン三リン酸(ATP)
 アデノシンに3分子のリン酸が結合した分子で、高エネルギーのリン酸結合を二つ有している。このエネルギーを利用して様々なタンパク質などが機能し、生命活動が維持されている。グルコースが酸素分子によって分解されることで多量のATPが産生される。
※7 酸素電極
 酸素濃度を測定できる機器。電気化学的に酸素濃度を測定する。

【研究助成】
本研究は、科学技術振興機構ACT-X(家田直弥:JPMJAX2011、中尾章人:JPMJAX191A)、日本学術振興会科研費 学術変革領域研究(A)(中川秀彦:21H05259、中尾章人:21H05627)、基盤研究C(家田直弥:20K05752)、若手研究(中尾章人:21K15208)、基盤研究S(澤本和延:20H05700)、名古屋市立大学特別研究奨励費(中川秀彦)、AMED革新的先端研究開発支援事業(澤本和延:22gm1210007)によって支援されたものです。

【論文タイトル】
An Optochemical Oxygen Scavenger Enabling Spatiotemporal Control of Hypoxia
(光化学酸素スカベンジャーによる低酸素の時空間制御)

【著者】
1家田直弥*、2,3澤田雅人、1小口瑠菜、1伊藤聖人、4平形政菜、1齋藤大介、5中尾章人、1川口充康、2,3澤本和延、4吉原利忠、5森泰生、1中川秀彦*(* corresponding author)

 所属
1名古屋市立大学 大学院薬学研究科 薬化学分野
2名古屋市立大学 大学院医学系研究科 脳神経科学研究所 神経発達・再生医学分野
3生理学研究所 神経発達・再生機構研究部門
4群馬大学 大学院理工学府 分子科学部門
5京都大学 大学院工学研究科 合成・生物化学専攻 分子生物化学分野

【掲載学術誌】
学術誌名:Angewandte Chemie International Edition
DOI番号:10.1002/anie.202217585

【研究に関する問い合わせ】
名古屋市立大学 大学院薬学研究科 講師 家田直弥
E-mail:ieda@phar.nagoya-cu.ac.jp

名古屋市立大学 大学院薬学研究科 教授 中川秀彦
E-mail:deco@phar.nagoya-cu.ac.jp

【JST事業に関する問い合わせ】
科学技術振興機構 戦略研究推進部 先進融合研究グループ 宇佐見健
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
TEL:03-6380-9130  FAX:03-3222-2066
E-mail:act-x@jst.go.jp
【報道に関する問い合わせ】
名古屋市立大学 総務部広報室広報係
名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
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科学技術振興機構 広報課
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E-mail:jstkoho@jst.go.jp


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