医学部・学会情報

ヒト消化管からの尿酸分泌を世界で初めて測定
-痛風・高尿酸血症治療の重要なターゲットとして小腸ABCG2に注目-

 東京慈恵会医科大学 消化器・肝臓内科の猿田雅之教授、宮崎亮佑助教、櫻井俊之講師らの研究グループは、同学基盤研究施設の岩本武夫教授、東京薬科大学の市田公美名誉教授(併 東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科)及び大橋勇紀研究員(現 名古屋大学大学院 実社会情報健康医療学講座 助教)らと共同で、ヒト消化管からの尿酸分泌を世界で初めて臨床的に実証しました。本研究の成果は、消化管が尿酸の排泄経路の1つであることを確立したとともに、今後の痛風・高尿酸血症の治療において、分野横断的な治療戦略の設計に役立つものと期待されます。
 一般に、体内で産生された尿酸の約2/3は腎臓から排泄され、腎機能の低下とともに血清尿酸値の上昇・痛風リスクが上昇します。そのため、臨床現場では尿中の尿酸濃度が測定され、その結果をもとに高尿酸血症の病型が分類されています。近年では動物実験・臨床研究の結果から、約1/3の尿酸排泄を担う腸管からの排泄低下による「腎外排泄低下型高尿酸血症」という概念が提唱されるようになってきました。しかしながら、腸管内の尿酸は腸内細菌叢に分解されることから、これまでヒト消化管から直接的な尿酸分泌の測定はされておらず、尿酸の腎外排泄はあくまで間接証拠によって支持されていました。
 本研究は、小腸内視鏡を用いることにより世界で初めてヒト消化管からの尿酸分泌の測定に成功し、尿酸排泄動態における消化管の意義を実証しました。同時に、この消化管からの尿酸排泄には尿酸を体外に押し出す輸送タンパク質の遺伝的な影響を受けており、小腸に発現したABCG2(※1)を介して尿酸が体外に分泌されていることが強く示唆されました。日本人を始めとする東アジア人は、ABCG2をコードする遺伝子上に機能低下を引き起こす一塩基多型(※2)が存在する確率が他の民族と比較して高いため、我々日本人にとっては特に重要な知見であるといえます。
 ABCG2は尿酸だけではなく、ロスバスタチンなどの脂質異常症治療薬やソラフェニブなどの抗がん剤、インドキシル硫酸などの尿毒症物質など、さまざまな物質を体外に排泄することが報告されています。そのため本研究の成果は、小腸ABCG2を中心としたファーマコゲノミクス医療(※3)の基盤となることが期待されます。今回の研究成果は、2025年3月10日に国際学術雑誌Journal of Translational Medicine誌に掲載されました。
本研究のポイント
  内視鏡的手技により、ヒト消化管からの尿酸分泌の直接的な測定を世界で初めて実施・成功しました。対象者選択などの研究デザインや内視鏡を用いた検体採取など、研究対象者への負担や侵襲が最小限となるように配慮されています。
 遺伝的解析手法により、ヒト消化管からの尿酸分泌にはABCG2トランスポーターが関与していることが強く示唆されました。ABCG2の分子機能を低下させる遺伝子変異の頻度は欧米集団と比較して東アジア集団で高いことから、日本人の血清尿酸値の管理には特に重要な知見です。
研究メンバー
・東京慈恵会医科大学 消化器・肝臓内科:猿田 雅之(教授)・宮崎 亮佑(助教)・櫻井 俊之(講師)
・東京慈恵会医科大学 基盤研究施設:岩本 武夫(教授)
・東京薬科大学:市田公美(名誉教授)・大橋勇紀(客員研究員)
研究の詳細
1. 研究背景
 血清尿酸値が7.0 mg/dLを超える「高尿酸血症」は、日本人成人男性の20-30%が該当します。高尿酸血症は、持続すると激痛を伴う痛風発作を引き起こすだけでなく、高血圧・腎臓病・心臓病・脳卒中などのリスクを高めることが報告されており、国民の健康を脅かす重要な病態です。血清尿酸値が上昇する原因として、プリン体などの摂りすぎによって尿酸の産生量が過剰となってしまうことや、体外への尿酸排泄がうまくできなくなってしまうなどがあります。尿酸の多くは腎臓から尿中へと排泄されており、臨床現場では尿中に排泄された尿酸を基準に病型分類されています。
 一方で、近年では腎臓以外からの尿酸排泄にも徐々に注目が高まってきています。東京薬科大学の研究グループは以前、ヒトの腎臓や小腸などに存在するABCG2というタンパク質が尿酸排泄を担っていること、機能低下を来すABCG2遺伝子変異により尿酸排泄が低下し、痛風・高尿酸血症の原因となること(Science Translational Medicine 2009、Nature Communications 2012)や、尿酸排泄の主経路である腎機能が廃絶された透析患者ではABCG2遺伝子変異が著しい血清尿酸値の上昇を引き起こすことを報告してきました(Scientific Reports 2023)。つまり、腎臓以外の尿酸排泄経路として、小腸に発現しているABCG2を介し尿酸排泄が行われていると考えられています。
 しかしながら、一般的な腸内環境では、腸内細菌叢がもつ分解酵素によって尿酸が分解されてしまうため、糞中から尿酸を測定することができません。そのため、ヒトにおける小腸からの尿酸分泌とABCG2による分泌調節を証明した研究はいままで存在しませんでした。

2. 手法
 上記のような研究背景もあり、ヒト消化管の分泌液を採取するハードルの高さから、これまで直接的な尿酸分泌の測定は行われてきませんでした。本研究では、定期的な内視鏡検査を必要とする方を対象として、なるべく侵襲が最小限となるよう内視鏡検査と並行して検体採取を実施しました(図1)。内視鏡検査前には、下剤により消化管の内容物が除去されているため、腸内細菌叢による尿酸の分解を抑えることができます。回盲部におけるダブルバルーン内視鏡による検体採取により、5分間あたりの尿酸分泌量を測定しました。
 加えて、これまでの我々の研究から、小腸での尿酸分泌を行う輸送タンパク質の中で最も可能性が高いABCG2の遺伝子情報を解析し、この遺伝子解析によって得られた一塩基多型の情報をもとにABCG2の尿酸輸送機能を推定しました。

3. 成果
 本研究の成果として、以下のことが明らかとなりました。
 1. ダブルバルーン内視鏡による検体採取により、34例の対象者で回盲部での分泌液検体を採取しました。5分間のインターバルをおくことにより、多くの検体で尿酸分泌を確認しました。
 2. ABCG2の推定機能率が高いほど、5分あたりの尿酸分泌量が多い傾向にありました(図2)。
 以上の結果から、ヒトにおける尿酸の排泄動態には少なからず消化管がその一端を担っていることが確定的となり、その消化管での尿酸分泌にはABCG2の輸送機能が関与していることが強く示唆されました。
4. 今後の展開
 本研究でヒト消化管からの尿酸分泌が実証されたことにより、これまで提唱されてきたヒト尿酸排泄動態モデルのエビデンスをより確固たるものにしました。またABCG2は尿酸だけでなく、ロスバスタチンやソラフェニブなどの薬剤やインドキシル硫酸などの尿毒症物質も輸送していることから、これら尿酸以外のABCG2基質の体内動態にも、消化管での分泌が重要である可能性が示唆されます。
 本研究の成果は単に痛風や高尿酸血症の治療にとどまらず、より広範な疾患に対する治療戦略の設計にも大きく貢献することが期待されます。例えば、薬剤の体内動態を考慮した個別化医療の推進や、新たな治療標的の発見などに寄与する可能性があります。さらに、腎臓や肝臓における代謝・排泄機構の理解が進むことで、将来的にはヒト消化管のABCG2機能に着目したフォーマコゲノミクスに基づく治療戦略の設計にも貢献し、より効果的で副作用の少ない医薬品の開発にもつながると期待されます。
5. 用語説明
※1 ABCG2トランスポーター(ATP–binding cassette transporter subfamily G member 2)
 トランスポーター(膜輸送タンパク質)とは、細胞膜などの生体膜に発現し、細胞の膜の外側と内側の物質を輸送するタンパク質です。親水性が高く細胞膜ではじかれてしまう物質(尿酸など)は、トランスポーターを介さないと細胞間を移動できません。栄養素や薬物、老廃物、毒素などの細胞間輸送には多くのトランスポーターが関与しており、ABCG2は腎臓や小腸に発現しており、ロスバスタチンなどの脂質異常症治療薬やソラフェニブなどの抗がん剤、インドキシル硫酸などの尿毒症物質など、さまざまな物質を輸送することができます。
 ABCG2に関連した研究業績については下記のプレスリリースをご参照ください。
 1. 「痛風遺伝子の発見」(2009年11月「Science Translational Medicine」)
  https://www.h.u-tokyo.ac.jp/press/20091105.html
 2. 「生活習慣病のひとつ、高尿酸血症の定説を覆す発見」(2012 年 4 月「Nature Communications」)
  https://www.m.u-tokyo.ac.jp/news/admin/release_20120404.pdf
 3. 「痛風遺伝子は腎臓と腸管の両方に作用して痛風を起こす」(2014 年 1 月「Scientific Reports」)
  http://ndmc-ipb.browse.jp/DL/pressreleaseNDMC20140115HP.pdf
 4. 「尿酸値は小腸障害のマーカーとなる」(2016 年 8 月「Scientific Reports」)
  http://ndmc-ipb.browse.jp/DL/pressreleaseNDMC20160830HP.pdf
 5. 「小腸からの尿酸排泄の重要性が明らかに。~透析患者の5人に2人が関連:小腸からの排泄低下で尿酸値が大きく上昇~」(2023 年 1 月「Scientific Reports」)
  https://www.toyaku.ac.jp/pharmacy/newstopics/2022/0111_5453.html 
※2 一塩基多型(SNP: single nucleotide polymorphism)
 私たちの体を構成する細胞1つ1つの中には、遺伝情報を担うゲノムDNAが含まれています。DNAは「A(アデニン)」「T(チミン)」「G(グアニン)」「C(シトシン)」という4種類の塩基の並びでできていますが、人によってこの並びがわずかに異なる部分が存在します。その中でも、1つの塩基だけが異なる遺伝的な違いを「一塩基多型(SNP:single nucleotide polymorphism)」といいます。SNPは、ヒトのゲノム全体に約数百万か所存在するとされており、遺伝的な個人差の一因となっています。薬の効果の現れ方、病気へのかかりやすさなど、さまざまな体質(本研究では、「ABCG2の尿酸輸送機能」という体質の違い)となって影響を与えることがあるため、近年の医学・生命科学研究において重要な役割を果たしています。
※3 ファーマコゲノミクス(pharmacogenomics)
 ファーマコゲノミクスとは、遺伝情報に基づいて薬の効果や副作用の個人差を理解し、患者ごとに最適な治療法を選択することを目的とする学問です。個々の遺伝的特性を考慮することで、不必要な副作用を回避し、より効果的な治療を提供することが可能になります。
論文情報(論文掲載日:2025年3月3日)
タイトル:First verification of human small intestinal uric acid secretion and effect of ABCG2 polymorphisms
著者:Ryosuke Miyazaki, Yuki Ohashi, Toshiyuki Sakurai, Takeo Iwamoto, Kimiyoshi Ichida, and Masayuki Saruta
掲載雑誌名:Journal of Translational Medicine
DOI:10.1186/s12967-025-06145-7


医学部・学会情報