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「終末期には患者の意思尊重した治療を」 =新肺炎診療ガイドラインを解説―迎寛・長崎大大学院教授

 わが国では高齢化が進むにつれ、肺炎による死者が年々増加している。日本呼吸器学会は今年4月、新しい肺炎の診療ガイドライン「成人肺炎診療ガイドライン2017」を発表したが、この中には、終末期医療の概念に基づく治療が選択肢として盛り込まれた。新ガイドラインをまとめた作成委員の一人、迎寛・長崎大大学院教授(呼吸器内科学)は「終末期の患者には、個人の意思を尊重した治療を推奨している」と話す。

 ◇高齢者は出にくい初期症状

   新肺炎診療ガイドラインに関するセミナーで講演する迎寛・長崎大大学院教授=東京都内

 国内の年間の死者は約120万人。そのうち65歳以上が約100万人を占める。「病院で亡くなる方がほとんど。死者は2030年までに約40万人増加する見込みなので、このままだと病院では患者に対応し切れず、みとり先の確保が困難になる」。迎教授は肺炎診療を取り巻く現状をこう説明する

 厚生労働省の人口動態統計によると、肺炎の年間死者は約12万人。死因別では、がん、心疾患に次いで3番目に多い。戦後、抗菌薬の普及に伴い激減したものの、1980年代以降、高齢者の増加に加えて免疫不全患者の増加や肺炎を起こす原因菌の耐性化の影響もあって増え続け、2011年に脳血管障害の死者数を上回っている。

 肺炎の起こる仕組みを確認しておきたい。気管支は喉の奥の方へと延びるにつれて細かく枝分かれしていく。先端にあるのが肺胞と呼ばれる小さな袋だ。肺は、その肺胞がぶどうの房のように集まった構造。肺胞の周りには、肺動脈や肺静脈につながる毛細血管が網の目のように張り巡らされている。

 肺胞が果たす役割が「ガス交換」だ。吸い込んだ空気の中から、酸素を血液に取り入れ、代わりに血液から二酸化炭素を取り込んでいる。ところが、肺炎球菌などの細菌や、通常の細菌とは異なるマイコプラズマなどの病原体によって肺が広範囲に炎症を起こすと、ガス交換機能が低下し、呼吸が困難になる。

 肺炎が疑われる症状は、高熱や悪寒、関節痛や頭痛、全身の倦怠(けんたい)感、激しいせきや黄色っぽいたん(膿性たん)、息切れなどだ。ところが、高齢者は初期には症状がなかなか表に出にくく、本人から不調の訴えがないことがある。「元気がないな、とか、ごはん食べていないな、といったときに、肺炎にかかっていることがある」と迎教授。周囲の人も注意して、早めにかかりつけ医を受診するよう勧めることがやはり大切だ。

 ◇誤嚥性肺炎は特に注意が必要

 65歳を超えると、肺炎による死亡率は急激に上昇する。重症化した場合、入院などによる体力の低下から悪循環に陥りやすい。「1週間から10日程度入院すると、日常生活の動作がしにくくなる。さらに、心身の機能が低下し、やがて寝たきりなったり、のみ込む力=嚥下(えんげ)力が弱ったりすることがある」と迎教授は話す。

  特に注意が必要なのが、誤嚥(ごえん)性肺炎。口の中の唾液や食べかす、食べ物などが気管支に入ってしまい、菌繁殖の温床になるために起きる肺炎だ。

 嚥下障害を招く原因は▽寝たきり状態▽血管性障害や認知症などの神経疾患▽歯のかみ合わせや口内乾燥といった口腔(こうくう)異常▽胃食道疾患―などさまざまだ。高齢者の場合、うつや不眠などから睡眠薬を服用する人も多いが、睡眠薬の成分が嚥下機能を低下させることもあり、「就寝中、自分も周囲の人も気づかないうちに誤嚥(ごえん)性肺炎を起こすことがある」と迎教授は注意を促す。

 しかし、がんや心臓病といった病気や老衰で終末期を迎えた患者は、どうしても誤嚥性肺炎を繰り返しやすく、最終的に死に至るケースも少なくない。こうした患者が人工呼吸器を装着し、家族との会話もままならないまま、「生活の質(QOL)」を損なった状態で亡くなってしまう場合もある。

 新しい肺炎診療ガイドラインの作成に当たっては、こうした医療現場の実態を踏まえ、高齢者肺炎への対応をどう見直すかが焦点になった。「個人の意思を尊重した治療」を選択肢に盛り込んだのは、終末期医療や高齢者ケアに関する厚生労働省や日本老年医学会のガイドラインも踏まえた判断だ。

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