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第29回 「がんに勝って」というエールの功罪

 池江璃花子選手の白血病公表に続いて、タレントの堀ちえみさんが舌がんを公表し、改めてがんという病気とどう関わるかを考えた方も多いと思います。

写真はイメージです(AFP時事)

 その中で気になることがあります。それは「がんとの闘いに勝って、復帰してほしい」というエールです。

 「がんを乗り越えて、また仕事に復帰してほしい」という応援はもっともなことです。「がんに勝ってね」という言葉が出てくるのは自然なことかもしれません。

 しかし、がんにかかった方や、がんでご家族を亡くされた方から、「勝ち負けという言葉を聞くと悲しい気持ちになる」という話を聞くことがあります。

 というのは、懸命に復帰に向けて治療をしても、寛解(がんが見つからないほど縮小して再発していない状態)に至らない病状もあるからです。

 がんの治療の進歩は目覚しく、2006年から08年までにがんと診断された方の5年生存率は62%です。診断されてすぐ死に至る病ではなくなりつつあります。

 しかし、同じように抗がん剤で治療しても、望むような効果が得られない方もいて、そうした方々の気持ちの落ち込みは想像を超えるものがあります。

 頑張って治療を続けていても、よくならない方の「『がんを克服して復帰』という言葉を聞くと複雑な気持ち。『自分は負けてはいない』とは思っているけど」という気持ちは分かります。

国際肺癌学会(IASLC)が開いた第16回世界肺癌学会議で患者アドボカシー賞を日本人で初めて受賞し、記念撮影に応じる山岡鉄也さん(手前左)=2015年9月、米コロラド州デンバー(山岡鉄也氏提供)


 ◇「がんに勝つ」という意味

 以前、肺がんの治療を続けながら、アドボカシー活動を手掛け、闘病をしながら、できる範囲に生活を組み替えていらっしゃる山岡鉄也さんとお会いし、一緒に活動したことがあります。

 「がんと就労を両立できる社会を目指す」活動をライフワークに、最後までしっかりとご自分のできることをなさって亡くなりましたが、「がんに勝つ」ということはそうしたことではないか、と感じました。

 山岡さんは「がんにかかって家族との関係を見直し、新しい人生の価値観を見つけ、社会との接点を見つけていくことが大事だと思う」とおっしゃっていました。

 がんのために生活や活動が制限されても、その中で自分ができることをして、自分を生かしていくことができるのが「がんに勝つ」ということなのだと思います。

 ◇がんと精神的成長

 堀ちえみさんのがん公表について、かつて教官の役で共演した風間杜夫さんが「いつの間にこんなに成長したのかと思うと涙が止まりません。今はあなたが人生の教官です」というコメントを述べています。

 医学の分野で、1990年代から「がんの恩恵」という概念が注目されています。がんにかかることにより、家族や周囲の人々との関わりを深め、物事をありのままに受け入れ、他者に対して共感を持つことができるような精神的な成長を遂げる方がいることが報告されているのです。

 「がんにかかるまでは当たり前と思っていたことが、とても幸せに感じるんですよ。1日の価値が高まった感じです」という言葉を聞くことがしばしばです。

 「がんに勝って」。この言葉に、単に「寛解するか否か」ではなく、「がんにかかっても自分を生かし続ける」という意味を込めてエールを送っていただけたら、と思います。

(文 海原純子)


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