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~トラブル増で専門家警鐘~
光免疫療法と呼ばれる新しいがん治療が2021年1月、国内で始まった。光の作用でがん細胞だけを壊す世界で初めての仕組みで、副作用の少ない「第5のがん治療」として期待が集まる。現在も安全性確認が続き、対象は一部のがんに限られるが、取材に応じた開発者の小林久隆・米国立衛生研究所(NIH)主任研究員は、「一日も早く多くの患者に治療を届けたい」と意気込みを語った。(時事通信大阪支社 山中貴裕記者)
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◇光を起爆スイッチに
光免疫療法の仕組みは簡単だ。がん細胞とだけ結び付く抗体薬を点滴で投与。体内では無害だが、24時間後に患部近くに入れた針などからレーザーを当てると、抗体薬に化学変化が起こる。この際、がん細胞の膜にだけ無数の傷を付けるため、がんは水分の流入に耐えられず風船のように膨れて破裂する。
小林氏は「光を起爆スイッチに、がんだけをピンポイントに爆破する。従来のがん治療とはコンセプトが違う」と説明する。照射するのはテレビのリモコンなどにも使われる近赤外光だ。人体に無害で、照射は数分で済む。原理的には何度でも繰り返し治療できる。
光免疫療法のイメージ図。紫色のがん細胞と結び付いた抗体薬に近赤外光を当てて破壊する(米国立衛生研究所提供)
免疫が活性化する利点も大きい。がん細胞が瞬時に壊れるため、がんのタンパク質(抗原)が周辺の細胞に吸収されて免疫が強化され、がんへの攻撃が強まるという。
抗がん剤や放射線といった従来の治療法は正常な細胞にもダメージを与え、免疫機能が低下する欠点があった。外科手術も、がんと一緒に周囲の免疫細胞を摘出せざるを得なかった。
また、いずれの治療法も再発の可能性が残るが、光免疫療法ではがんの特徴を覚えた免疫細胞が体内を循環し、転移を防ぐ効果も見込める。
近赤外光を照射する光免疫療法の模擬実験(関西医科大提供)
◇発想転換、コロンブスの卵
抗体薬を使う光免疫療法は、手術、抗がん剤、放射線、免疫チェックポイント阻害薬に次ぐ第5の治療法とされる。
小林氏によると、抗体をがん治療に使うアイデアは1970年代からあった。抗体に放射性元素や抗がん剤を組み込むなどの研究を続けたが、副作用が大きく、うまくいかなかった。「体内に毒を入れるには限度がある。『無害の抗体薬を投与してスイッチを入れる』というのが発想の転換で、コロンブスの卵だった」と振り返る。
試行錯誤の末に、2003年ごろにアイデアを思い付き、11年に論文を公表。タイトルは、がんを瞬時に破壊する様子から「ナノ・ダイナマイト(微細な爆弾)」と付けた。
がん治療の研究が進む米国では、新しい治療法が雨後のたけのこのように出てくるが、実用化に結び付くことはまれだという。研究資金の確保に難航していたところ、父親ががんを患い新しい治療法を探していた、楽天グループの三木谷浩史会長兼社長が支援を申し出て、資金援助を受けた。
独占ライセンスを得た楽天メディカル(米)が抗体薬「アキャルックス」を開発製造。臨床試験(治験)は15年に米国で始まり、口や喉にできる頭頸(けい)部がん再発患者30人のうち、13人で効果が認められた。国内での治験も18年に始まった。
光免疫療法を施したがん細胞(米国立衛生研究所提供)
◇40病院で治療、各地に研究者
子会社の楽天メディカルジャパン(東京)は、国内の承認審査で優遇を受けられる「先駆け審査指定制度」を活用。新薬の画期性や有効性など4条件を満たせば、通常は1年程度かかる審査が6カ月に短縮される仕組みで、厚生労働省は20年9月、アキャルックスを世界で初めて承認した。最終段階の治験が各国で続くため、販売後の安全性確認などを条件とした早期承認制度により、初の実用化となった。
厚労省の部会では「なぜそこまで焦るのか」との懸念も出たが、小林氏は「挑戦的な承認の仕組みだが、日本にとって決して悪いものではない。安全性確認は慎重に進めている」と反論する。
適用対象となった頭頸部がんは口や喉などにできるため、治療は呼吸や発声、食事など日常生活への影響が大きい。手術では、チューブで胃に栄養を入れる「胃ろう」や声帯摘出だけでなく、顔の形が変わることもあり、新しい治療法のニーズが高かった。
実際の治療は今年1月、国立がん研究センター東病院(千葉県)で始まった。最初の患者は過去の手術で声帯を摘出した女性という。
1回の治療費は約700万円だが、高額療養費制度で患者の負担は月10万円前後で済む。治療効果を見ながら4回までの照射が可能だ。
同病院を含めて国内約40の大学病院などで治療でき、クリニックでは受けられない。年間約2万7000人が頭頸部がんを発症するが、ピークとなる28年度でも治療を受ける患者は420人程度に限られる見込みだ。
小林久隆・米国立衛生研究所主任研究員
現状では他に治療法がない再発患者の治療にとどまるが、小林氏は治療初期での活用を視野に研究を進める。「仮に治療効果が低くても、体へのダメージが小さいので、従来の治療オプションがそのまま残る利点は大きい」と語る。がんを小さくできれば、その後の抗がん剤や手術などの治療が進めやすくなるというわけだ。
研究支援の動きも急ピッチで進む。関西医科大(大阪府)は22年4月、「光免疫医学研究所」を設立する。30人体制で、小林氏は所長に就任する予定だ。NIHの小林氏の研究室に留学した約20人の研究者が、国内の各大学に戻っているといい、研究資材を提供する支援拠点になる。
アキャルックスは、がん表面にある「EGFR」というタンパク質に結び付く。EGFRの多い食道がんや胃がんでも治験が進められ、乳がんや子宮頸がん、肺がん、膵臓(すいぞう)がんなどへの適用も想定される。
治療法としてさらなる発展の可能性も秘める。がんは免疫反応を抑制する「制御性T細胞」により、免疫からの攻撃を免れている。この細胞も光で破壊すると、より高い効果があることを動物実験で確認済みという。小林氏は「苦しむ患者のため、一日も早くさまざまながんを治療できるように研究を急ぎたい」と話した。(時事通信社「厚生福祉」2021年9月14日号より転載)
(2021/10/11 07:08)
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