新米医師こーたの駆け出しクリニック

妊娠中の旅行を考える
~リスクや現地医療体制に目配りを~ 内科専門医・渡邉昂汰

 「せっかくの万博。一生に一度かもしれないし、思い出づくりに行ってきます!」。妊娠中の友人が、そんな言葉を残して大阪・関西万博への日帰り旅行に出発しました。今回は彼女の経験談から、妊娠中の旅行について、改めて考えていきたいと思います。

旅行に行くかどうかは体調をはじめ、さまざまな事情を考慮して決めたい

 ◇万博会場で突然の体調不良

 友人はすでに安定期といわれる妊娠中期に入っており、経過は順調でした。当日も特に体調に問題はなく、無理のないスケジュールで軽く楽しむつもりで出掛けたといいます。

 ところが、昼すぎから突然吐き気が出て、救護室を訪れることになりました。休んでも体調は回復せず、嘔吐(おうと)もあって動けない状態に。救護室では医師による診察や処置が受けられなかったため、近くの病院を探しましたが、「初診の妊婦は診られません」と断られてしまったそうです。

 結局、新幹線で何とか帰宅し、かかりつけの産婦人科を受診。診断は胃腸炎で、大事には至らずに回復しました。とはいえ、本人は「やっぱり妊娠中の旅行にはリスクがある」と強く実感したと話していました。

 ◇「たまたま」ではなく「あり得る話」

 順天堂大学医学部付属浦安病院などの報告によると、東京近郊の巨大テーマパークから4年間で129人の妊婦が緊急受診しており、そのうち15.5%が入院しました。この中には新生児集中治療室(NICU)での管理が必要な早産例も複数含まれており、切迫流産、切迫早産、子宮外妊娠、常位胎盤早期剝離といった重篤な状態が、旅行中に突如起こり得ることが示されています。

 このような一刻を争う事態が起きても、多くの医療機関で「初診の妊婦は受け入れ困難」とされるのが現状です。母体救急に対応できる医療機関はそもそも多くはないため、土地勘もない中で、適切な施設を探し出すのは困難です。救急搬送を試みても、受け入れてもらえる病院を探すのにかなり時間を要することが多いでしょう。

 そして、何度も議論されていることではありますが、「現地の限られた医療資源を消費してしまう」という問題もあります。上記のテーマパークからの搬送を受け入れていた施設でも、受診例が増加すれば地域の周産期医療体制を圧迫するという実情が報告されています。

 ◇行きたい気持ちと冷静な判断

 とはいえ、万博というイベントの特殊性も無視できません。出産後、旅行に行けるほどに体調が回復するころには閉幕してしまっており、二度と行くことはできません。思い出を残したい気持ちは尊重されるべきものです。

 しかし同時に、それが命に関わる事態や、医療逼迫(ひっぱく)につながる可能性があることも、やはり考えておかなければなりません。普段元気でも、なるべく負荷をかけないようにしていても、まさかの事態が本当に偶然その日に起こることだってあり得るのです。

 旅行前に主治医と相談するのはもちろん、現地の医療体制を確認し、同行者に緊急時の対応も伝えておく。それでも迷うなら、「今回は見送る」という選択も大切な判断の一つだと個人的には思います。(了)

渡邉昂汰氏


 渡邉 昂汰(わたなべ・こーた) 内科専門医および名古屋市立大学公衆衛生教室研究員。「健康な人がより健康に」をモットーにさまざまな活動をしているが、当の本人は雨の日の頭痛に悩まされている。


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