一流に学ぶ 難手術に挑む「匠の手」―上山博康氏

(第1回)イケメンの兄と「差別」され=座右の銘は「臥薪嘗胆」

 「子どもの頃、自分は河原で拾われてきたんじゃないかと思って、親にへその緒を見せろとか言っていました」

 上山氏は1948年、青森県三戸郡五戸町生まれ。自衛隊のパイロットだった父と洋裁店を切り盛りする母の次男として生まれたが、物心ついた頃から家族の中では常に疎外感があったという。

 「二つ違いの兄貴は西郷輝彦に似た彫りの深いイケメン。僕は一重まぶたの『平たい顔族』だから、よく母親から『お父さんがいい男で私は美人なのに、何でお前のような子が生まれたんだろう』と言われました」

 子どもの頃からの愛読書は『ノートルダムの背虫男』と『シラノ・ド・ベルジュラック』。両方とも主人公が醜くて、それでも純愛を通す男の物語だ。

 両親は何かにつけて兄をえこひいきした。そのことが今でも心の傷として残り、容姿のコンプレックスはいまだに消えることがないという。

 「親は兄貴ばかりに優しくて、親戚からも『お兄ちゃんはかわいいのにね』とよく言われました。感受性豊かで親の愛情が欲しいときに愛されなかった。子ども時代、完全に性格がひねていました」

 両親と一緒に記念写真に納まるのは兄ばかり。自分の写真は、親戚の中で唯一かわいがってくれた祖母と伯父が一緒のときだけだった。

 母親は洋裁店が忙しく、幼少期はお手伝いさんに育てられた。その女性が脳性まひで会話ができなかったことが影響したのか、小学校に入学したとき、自分の名前も書けずに、現在でいう特別支援学級に入ることを勧められたこともあった。

 「担任の先生が僕の描いたカエルの絵を見て、こんなに観察力がある子に学習能力がないはずがないと言って、その話はなくなりました」

 カエルの絵は、指の数を含め動物図鑑のように正確に描かれており、その年の夏休みのワークブックの表紙に選ばれた。

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