「医」の最前線 AIと医療が出会うとき

医師の燃え尽きを防ぐ
~臨床現場を救うAI活用~ (岡本将輝・ハーバード大学医学部講師)【第8回】

 燃え尽き症候群(バーンアウト)は、過剰なストレスの結果として深刻な消耗感を来した状態を指し、典型的には意欲の喪失や情緒的な荒廃が見られ、対人関係の不具合や職務遂行の困難を引き起こす。医療職は元来、日常業務に重い責任を伴いがちであること、専門職の慢性的人材不足によって過重な労働となりやすいことなどを背景として、燃え尽きが起きやすい職種であることが知られてきた。さらに、近年は新型コロナウイルス感染症の拡大に伴って状況は一層、深刻化している。今回は臨床現場を救うAI活用として、医師の燃え尽きを防ぐための技術的な取り組みを紹介したい。

ICUで新型コロナウイルス感染症患者を手当する医師ら=AFP時事

ICUで新型コロナウイルス感染症患者を手当する医師ら=AFP時事

 ◇臨床現場における燃え尽き

 以前から国・地域を問わず、30〜40%もの医師が燃え尽きを自覚しているとされてきたが、パンデミックを経て状況は世界的に劣悪化しており、特に米国では燃え尽きによる医師の現場離れが加速している。米国医科大学協会(AAMC)が2021年に公開した報告書(※1)では、34年までに12.4万人の医師が不足することを指摘している。また、Prosper Insights & Analyticsが行った22年1月の調査では、医療従事者全体において職場で「幸せだ」と自覚している者は、わずか50%にとどまる。日本においてもこの課題は同様で、医療人材サービスを手がけるエムステージ社が同年8月に公開したアンケート調査結果(※2)によると、「燃え尽き症候群と思われる状態になったことがある」と回答した医師は42%で、業務過多や長時間労働をその原因として挙げている。

 ◇電子カルテに向き合う時間の低減

 21年12月にJournal of the American Medical Informatics Associationに公開された研究論文(※3)では、「パンデミック後、医師が電子カルテに費やす時間がさらに長くなり、このことは医師の燃え尽きを助長させる可能性」を明らかにしている。文書作成を中心とした「雑務による消耗」を防ぐには、既存ワークフローの効率化を実現するツールの活用が有用となる。

 米サンフランシスコ拠点のHealth Noteは、テキストベースのAIチャットボットにより、患者情報の事前収集と文書作成を代替するシステムを提供している。診察前に一連の情報取得と整理が完了し、診察時点で電子カルテ上に反映されていることで、患者の受け入れから文書化までに要する時間の最大90%を削減できるとする。直接的に医師の業務負担軽減を実現するこのソリューションで、Health Noteは22年7月、シリーズAラウンドにおいて1700万ドルの資金調達を行っており、システム導入の加速を狙う。

 また、診察中の電子カルテ記録を自動化するツールも、さらに一般化しつつある。米サンフランシスコのDeepScribeは、医師と患者の間の医療会話を記録・要約し、電子カルテシステムに統合するデジタルアシスタントを開発する。自然な会話からの高精度な書き起こしと情報抽出を可能にすることで、米国における実臨床導入が拡大している。同システムは、医師1人当たり1日平均3時間の時間的節約を実現するとともに、カルテ入力を補助する医療書記に比べ、約6分の1と低コストであることなどを強みとする。巨大な競合にはNuance Communicationsがあるが、同社は21年にMicrosoftに総額197億ドルという巨額で買収されており、同領域への関心と技術的インパクトの大きさを裏付ける事実とも言える。

PCにデータを入力する医療従事者=AFP時事

PCにデータを入力する医療従事者=AFP時事

 ◇専門人材不足を補う

 特定の専門医が限られる状況においては、やはり過重な負荷は避けがたい。非専門医を含めた各個の能力を拡張し、高い水準で均一化するためのAI利用として「画像読影」は期待の大きい領域となる。不必要な専門医への紹介を減らすとともに、読影者の見落としを防ぐセーフティーネットとして機能することで、高ストレス作業の負荷軽減を支援する。

 イスラエル発のスタートアップであるAidocは、多様な画像解析AIを取り込みながら独自プラットフォームの拡張を続け、同領域におけるリーディングカンパニーの一つに数えられるまでとなった。同社は早期から「医師の燃え尽きを防ぐ」ことに言及しており、専門分野を超えたケアチームの組織化と活性化に、同プラットフォームが有効となることを強調している。直近では22年7月、12,000人以上の医療者を抱え、年間150万人以上の患者に医療サービスを提供する学術医療システムであるUofL Healthとのパートナーシップを公表し、同システムへのAIソリューション導入を主導した。

 上述はごく少数の事例だが、医師の燃え尽きを防ぐ実際的な手段は数多く提案され、実臨床での運用が進んでいる。一方で、21年7月、Journal of Medical Internet Researchに公開された研究論文(※4)では、「テクノロジーに対する不満の増加が、精神的倦怠(けんたい)感を有意に強めている」とも報告している。エンドユーザーの利用状況を適切に考慮していないシステム設計や、十分なトレーニング機会の与えられていない新技術に対して、医療従事者はフラストレーションを感じやすい。著者らは「医療従事者の不満を増加させないテクノロジー開発方針とその導入方法を取ることで、医療者の燃え尽き症候群を抑制する効果的な施策になり得る」ことを指摘している。

 新技術の臨床的有効性だけに焦点を当てるのではなく、医師をはじめとした医療者にとって受け入れやすい形として導入を進めることも、良質で持続可能性の高い医療提供体制を構築するためには、今後欠かせない要件となっていくはずだ。(了)

【引用】
(※1)AAMC. The Complexities of Physician Supply and Demand: Projections From 2019 to 2034. https://www.aamc.org/media/54681/download?attachment
(※2)株式会社エムステージ. 医師の燃え尽き症候群についてのアンケート調査. https://www.mstage-corp.jp/2022/08/10/2810
(※3)Holmgren AJ, Downing NL, Tang M, et al. Assessing the impact of the COVID-19 pandemic on clinician ambulatory electronic health record use. Journal of the American Medical Informatics Association. 2022; 29:453–460. https://doi.org/10.1093/jamia/ocab268
(※4)Tawfik DS, Sinha A, Bayati M, et al. Frustration With Technology and its Relation to Emotional Exhaustion Among Health Care Workers: Cross-sectional Observational Study. J Med Internet Res. 2021; 23:e26817. doi: 10.2196/26817


岡本 将輝 氏

岡本 将輝 氏

 【岡本 将輝(おかもと まさき)】

 米マサチューセッツ総合病院研究員、ハーバードメディカルスクール・インストラクター、The Medical AI Times編集長など。2011年信州大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科専門職学位課程および博士課程修了、University College London(UCL)科学修士課程修了。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員(DC2・PD)を経て現職。他にTOKYO analytica CEO、SBI大学院大学客員准教授(データサイエンス・統計学)、東京大学特任研究員など。データアプローチによる先端医科学技術の研究開発に従事。


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