「医」の最前線 AIと医療が出合うとき

社会問題に果たすAIの役割
~オピオイド危機への活用~ (岡本将輝・米マサチューセッツ総合病院研究員)【第3回】

 「オピオイド」とは、天然由来の有機化合物である麻薬系鎮痛薬や、それに関連する合成鎮痛薬などの総称だ。疼痛管理に強い効果が期待できることに加え、対象疾患の適応拡大や製薬会社による積極的な販売促進を背景として、特に米国の臨床現場において過剰な処方が見られるようになった。

 これをきっかけとして、オピオイドの長期服用や多量摂取など、乱用に伴う依存症・死亡が社会問題化したが、2017年には米国保健福祉省がオピオイド危機(Opioid Crisis)を「公衆衛生に関する緊急事態(Public Health Emergency)」と位置付けており、現在も継続している(※1)。今回は、このオピオイド危機の解決に向けたAI活用事例を紹介し、米国社会を揺るがす深刻な問題において、AIが果たす役割について見ていきたい。

オピオイド乱用を受けた「公衆衛生に関する緊急事態」について記した大統領覚書を掲げるトランプ米大統領=2017年10月26日当時=AFP時事

オピオイド乱用を受けた「公衆衛生に関する緊急事態」について記した大統領覚書を掲げるトランプ米大統領=2017年10月26日当時=AFP時事

 ◇オピオイドの長期使用リスクを予測

 外科手術を受ける患者は、術後の疼痛管理目的にオピオイドの処方を受けることがあるが、ここからの離脱が困難となり、長期使用に至るケースが散見される。このようなオピオイド使用障害(OUD)に至るリスク因子は、これまでに種々が明らかにされているが、特に年齢因子は重要となる。

 18歳以前の使用では、仮にガイドラインに沿った適正使用であったとしても、将来のOUDリスクを33%増加させること(※2)、さらに15歳以前の若年者のオピオイド使用は、その後のOUDリスクを550%増加させること(※3)などが指摘されている。

 一方で、「どの患者が特に高いリスクを有するか」を明らかにする個別的で精緻なリスク予測手法は存在しなかったため、青年期以前のオピオイド処方には一定の困難があった。

 そういった中、米スタンフォード大学の研究チームは、21年にAnesthesia & Analgesia誌上に公開した論文で「機械学習アプローチによってオピオイドの長期使用を高精度に予測できる」とする成果を示している(※4)。

 チームは、11~17年の7年間における保険請求データベースに基づき、12~21歳の外科手術患者データから、この機械学習モデルを構築した。複数のAIアルゴリズム(ランダムフォレストや勾配ブースティング決定木、XGBoost、ラッソロジスティック回帰など)を用い、患者情報・臨床データから「術後90~180日後でのオピオイド処方あり」を予測している。

 最良の予測モデルでは、その性能を示すAUC値として0.7を上回っており、識別問題の難しさを考えれば比較的高い精度が得られたと考えられる。これはオピオイドの長期使用に至るリスクの高い患者を識別することにより、個別的な予防措置や早期介入を可能とするため、モデルの臨床適用に伴うメリットは大きい。

 一方で、この種の予測モデルを多施設で実臨床導入することを考えた際、その汎化性能(未知のデータに対しても期待される精度を維持するか)だけでなく、予測に用いる項目(特徴量)も問題となる。

 どれだけ高精度な予測を実現するAIモデルであったとしても、評価すべき項目が多過ぎる場合、または日常臨床では取得されない(ルーチン外の)項目が含まれている場合、現実的な利用と有効活用には結び付かない。

 従って、AIモデルによってハイリスク者の同定が可能であることを示した後、次に現実世界が求めるのは「精度を犠牲にしない程度において、最もシンプルな予測モデル」ということになる。

米パーデュー・ファーマのオピオイド系鎮痛剤=米麻薬取締局提供=AFP時事

米パーデュー・ファーマのオピオイド系鎮痛剤=米麻薬取締局提供=AFP時事

 ◇シンプルで実用性の高いリスク予測モデル

 米ミシガン大学の研究チームが、22年2月にSurgery誌でオンライン公開した研究論文は、この点で非常に示唆的であった(※5)。チームは外科手術後のオピオイドリスクを予測する機械学習モデルを構築する際、特徴量の数で3種に分け、それぞれの性能を評価している。

 216の特徴量を含んだ完全モデル、10の特徴量からなる制限モデル、そして五つの特徴量を持つ最小モデルだ。それぞれが既存モデルを上回る性能を示したことに加え、10の特徴量からなるモデルが「精度を犠牲にしない最もシンプルなモデル」であることを強調している。

 実臨床への導入可能性を考えた、極めて現実的な研究アプローチと言え、論文中においても臨床シナリオを意識した記述がたびたび見られるなど、「研究のための研究」で終わらせない姿勢が垣間見えた。

 このようにAIモデルは、オピオイド長期使用をはじめとした、これまで高精度な個別予測が困難であったOUDリスクの評価で、極めて有望な成果を示している。性能の担保された予測モデルが社会に実装されることは、ハイリスク者に必要な注意を向けるだけでなく、効率的で実効力のある介入策の実現にもつながっていく。

 最後に、米カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究チームが公開しているウェブアプリケーションを紹介しておきたい。ODPredict Explorerと呼ばれるこのアプリケーションは(※6)、CDCデータと地域特性に基づいて構築された「薬物過剰摂取による死亡を予測するモデル」を備えており、州および郡単位での死亡率の観測値と予測値を、マップ上で視覚的に捉えることができる。

 モデル研究の成果について、より詳細に多面的な評価を受けるため、また政策立案者の意思決定を支える情報提供として、このような形での結果開示も近年増えている。これは単にAIモデルとの親和性が高いだけでなく、オピオイド危機のように切迫した課題をテーマとする場合、短い期間で多方面から多くのフィードバックを受けられることも大きな価値となる。

 今回は、米国の社会・経済・政治の行く末に多大な影響を与える問題である、オピオイド危機へのAI活用事例とその役割を見てきた。根本的解決が非常に困難でありながら、看過できない現状を打開する一歩として、AIモデルの可能性には今、大きな期待が集まっている。(了)

【引用】

(※1)U.S. Department of Health and Human Services. Public Health Emergency Declarations.
https://www.phe.gov/emergency/news/healthactions/phe/Pages/default.aspx

(※2)Miech R, Johnston L, O’Malley PM, et al. Prescription opioids in adolescence and future opioid misuse. Pediatrics 2015; 136:e1169–e1177.
(※3)Whyte AJ, Torregrossa MM, Barker JM, Gourley SL. Editorial: long-term consequences of adolescent drug use: evidence from pre-clinical and clinical models. Front Behav Neurosci 2018; 12:83.
(※4)Ward A, Jani T, De Souza E, et al. Prediction of Prolonged Opioid Use After Surgery in Adolescents: Insights From Machine Learning. Anesth Analg 2021; 133:304-313.
(※5)Singh K, Murali A, Stevens H, et al. Predicting persistent opioid use after surgery using electronic health record and patient-reported data. Surgery 2022.
(※6)EMeRGenS. ODPredict Explorer.
https://charles-marks.shinyapps.io/OD_predict_dash/


岡本将輝氏

岡本将輝氏

 【岡本 将輝(おかもと まさき)】

 米マサチューセッツ総合病院研究員、ハーバードメディカルスクール・インストラクター、The Medical AI Times編集長など。2011年信州大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科専門職学位課程および博士課程修了、University College London(UCL)科学修士課程修了。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員(DC2・PD)を経て現職。他にTOKYO analytica CEO、SBI大学院大学客員准教授(データサイエンス・統計学)、東京大学特任研究員など。データアプローチによる先端医科学技術の研究開発に従事。

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