「医」の最前線 AIと医療が出合うとき

非接触でバイタルサインを測定
~AIが実現、リモート時代の新しい疾患管理~ (岡本将輝・ハーバード大学医学部講師)【第6回】

 新型コロナウイルス感染症の拡大は「医療の在り方」を大きく変化させたが、中でも遠隔診療の普及と一般化は特筆すべき項目と言える。地理的に医療アクセスが不良なエリアだけでなく、都市部においても「オンライン診療の価値」が注目され、急速な関連インフラの整備と規制緩和が世界的に進んだ。

腕時計型情報端末「アップルウオッチ」=AFP時事

腕時計型情報端末「アップルウオッチ」=AFP時事

 遠隔診療は物理的な医療アクセスの改善や医療機関における二次感染の予防だけでなく、不足しがちな高度専門人材を効率的に活用できること、軽症者が高機能病院を受診することを抑制するゲートキーパーとしても機能すること、時間外受診など突発的な医療需要にも対応しやすいこと、患者待ち時間を低減できること、切れ目のない継続的な疾患管理を実現し得ること-などが利点として挙げられる。

 この疾患管理に関連して、近年ではAI活用により、遠隔診療と親和性の高い「新しいリモートモニタリング手法」が多く提唱されるようになっている。今回は、特に「AIを活用した非接触測定」に着目し、これからのリモート時代に発展が期待される新しい技術の芽を二つ紹介したい。

 ◇1.スマートフォンカメラによるバイタルサイン測定

 イスラエルの医療AIスタートアップである「Binah.ai」(※1)は、スマートフォンやタブレット、PCに標準的に備えられたカメラを利用し、血圧や心拍、酸素飽和度などを測定するAIソフトウエアを開発している。これは遠隔光電式容積脈波(rPPG)に基づき、非接触でバイタルサインを測定できるとする画期的なものだ。顔面の皮膚から反射される赤・青・緑の光量変化を捉えた上で、鏡面反射と拡散反射のコントラストを定量化してディープラーニングアルゴリズムで各値を1分以内に推定する。なお、上記のウェブサイト上から実際の測定の様子を動画で確認することができるので、ぜひ参照していただきたい。

 近年はApple Watchをはじめとしたスマートウオッチなど、ウェアラブルデバイスによっても一部のバイタルサインは取得可能になっており、「日常的で継続的なバイタルサイン測定」の敷居は下がっている。一方で、特定のハードウエアに依存せず、ウェアラブルであることさえ必要としないBinah.aiの技術は、容易な日常臨床への実装と日常的モニタリングの実現を見込むことができ、疾患予防機会の拡充と早期発見、および治療の質的向上に資することが期待されている。2022年6月現在では、米国の医療機器規制当局にあたる米食品医薬品局(FDA)の本プログラムに対する承認取得には至っていないが、今後の動向には大きな関心が集まっている。

グーグル(左下)とアマゾンのスマートスピーカー

グーグル(左下)とアマゾンのスマートスピーカー

 ◇2.スマートスピーカーを用いた心拍モニタリングシステム

 次に紹介するのは、スマートスピーカーを用い、非接触で心拍モニタリングを行おうとする試みだ。米ワシントン大学の研究チームが21年3月、生物科学分野の著名なオープンアクセス・ジャーナルであるCommunications Biologyから本研究成果を公表したが(※2)、これは個人的に21年内で最も衝撃を受けた論文の一つとなった。

 要約すると、スマートスピーカーから部屋に向けて「可聴域にない音波」を発することで、人体からの反射音に基づいた心拍モニタリングを実現できるという、にわかには信じ難いもの。スピーカーに心拍を把握させるため、新しいビームフォーミングアルゴリズムを構築しており、これが新技術の根幹を成している。

 また、このシステムは単に高精度な非接触の心拍数測定を達成しただけではなく、用いられた機械学習モデルは、臨床試験において患者の規則的な心拍と不規則な心拍を適切に識別しており、同技術で「突発的な不整脈の発現」を捉えられる可能性も確認されている。

 この手の自動化された患者モニタリング手法は、「プライバシーの懸念」が生じやすいことが問題となる。一方、本研究手法では、(1) 動画や画像の取得を必要としないこと(2) 対象となる音響周波数には環境中の可聴音情報が含まれないこと(3)アクティブソナーの短距離特性によって「スピーカーから1メートル以内での静止」が求められ、ユーザーの直接関与と暗黙の了解が必要となること-などから著しいプライバシー侵害のリスクが回避されていることも特徴と言える。

 1日10万回に及ぶ心臓の拍動のうち、数秒間しか現れないこともある病的心拍を捉えるには、睡眠中を含め、自宅において継続的に施行可能で、低コスト・非侵襲的なモニタリング手法が求められている。これからのさらなる検証と知見の集積を楽しみにしたい。

 今後、「日常環境における医学的モニタリングおよびスクリーニング」はさらに一般化し、医療者が疾患管理に活用する臨床情報も、より広範になると考えられる。そしてここでは、「非接触」をキーワードとした自動化システム群に期待される役割もまた、一層大きなものとなっていくはずだ。(了)

【引用】

(※1)Binah.ai
https://www.binah.ai

(※2)Wang A, Nguyen D, Sridhar AR, et al. Using smart speakers to contactlessly monitor heart rhythms. Commun Biol 2021; 4:319.
https://doi.org/10.1038/s42003-021-01824-9


岡本将輝氏

岡本将輝氏

 【岡本 将輝(おかもと まさき)】

 米マサチューセッツ総合病院研究員、ハーバードメディカルスクール・インストラクター、The Medical AI Times編集長など。2011年信州大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科専門職学位課程および博士課程修了、University College London(UCL)科学修士課程修了。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員(DC2・PD)を経て現職。他にTOKYO analytica CEO、SBI大学院大学客員准教授(データサイエンス・統計学)、東京大学特任研究員など。データアプローチによる先端医科学技術の研究開発に従事。

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