「医」の最前線 AIと医療が出合うとき

AI利用の促進と孤独感
~相互作用が引き起こす心的影響について~ (岡本将輝・ハーバード大学医学部講師)【第18回】

 米ジョージア大学やシンガポール国立大学を含む国際研究チームが明らかにした最新の研究成果によると、日常的にAIシステムを利用し、AIとの職務上の連携が欠かせない労働者ほど、「不眠症や仕事後の飲酒量増加につながる孤独感」を感じやすい可能性が指摘されている。あらゆる領域でAI利用が急速に普及し、人々の日常生活と職場環境におけるAIの統合が進んでいるが、技術革新による作業の効率改善・質的向上の背景に、見逃すことのできない相互作用が深刻な心的影響をもたらす可能性がある。

仕事が原因で不眠に悩む女性(イメージ)

仕事が原因で不眠に悩む女性(イメージ)

 ◇ 社会的相互作用の質的変化

 2023年6月、Journal of Applied Psychologyにオンライン掲載された研究論文(※1)によると、研究者らは米国や台湾、インドネシア、マレーシアで仮説検証のための四つの調査(研究デザインはそれぞれ異なる)を行っている。結果は、それぞれの文化圏を越えて一貫した傾向を示しており、AIシステムによって再構築された職場環境が時に仕事を孤立させ、従業員の私生活に有害な波及効果を示す可能性を明らかにした。

 例えば、台湾で行われた研究では、バイオメディカル企業に所属する166人のエンジニアを対象に、3週間にわたる調査を実施したところ、AIシステムとの交流頻度が高い従業員は孤独感や不眠、終業後のアルコール摂取の増加を有意に経験しやすかった。インドネシアの不動産管理会社における不動産コンサルタント126人を対象とした研究では、参加者の半数には3日間連続でAIシステムをできるだけ使って仕事をするよう指示し、残り半数にはできるだけ使用しないように促した。結果は、終業後のアルコール摂取増加に関連が見られなかったことを除けば、やはり台湾で行われたものと同様に、各種の有害な心的影響との関連が示唆されている。

 生存と繁栄のために人はコミュニティーを形成し、同時にその中において社会的相互作用を必要とするように進化してきたと、人類学者は考えている。このような相互作用は、個々人が集団内での「自分の居場所」に関する社会的情報を得るために重要な意味を持ってきた。一方、第4次産業革命によって、デジタル化とAIシステムの統合が急速に進むにつれ、職場や同僚間における「社会的相互作用の性質」が変化していると、著者らは指摘する。つまり、端的には人間以外のシステムとの交流頻度が高まり、従来型の人間対人間で見られた相互作用が減少することを指している。根本的に社会性を持たないシステムとの結び付きが強まる方向にシフトすることは、組織として効率と競争力を高めるために不可避である一方、このプロセスにおいて人間的要素がある程度見過ごされてきた事実がある。

職場では従業員が孤立したりしないよう配慮が必要かもしれない(イメージ)

職場では従業員が孤立したりしないよう配慮が必要かもしれない(イメージ)

 ◇ 潜在的な心的リスクに対する対策

 著者らは、雇用主が「AIシステムを使った作業の頻度」を制限すること、「従業員同士が交流する機会」を提供すること、などの現実的に導入可能な改善策を提案している。また、AI技術開発者に対しては、AIシステムに人間の声といった社会的機能を搭載することで、「人間らしいやりとり」を取り入れることの検討を促している。ただし、人間味ある社会的機能をシステム上で再現することで、本来的な問題の是正に至るかは検証の余地が大きく、これからの研究課題になるものと言える。

 当然、AIをひとくくりにしてこの問題を議論するのはやや乱暴で、人との直接的な交流を持たず、バックグラウンドで日々の業務を高度に効率化してくれる多くのツールは、この種のリスクに関する議論から外れることもあるかもしれない。特に、医療の文脈で言うと、近年のAIシステム開発のキーワードには「燃え尽き症候群の予防」があり、過負荷となりやすい医療職の仕事を適正化するためのAI活用が多方面で模索されている。実際に有望な結果は多く得られており、日常診療を阻害する雑務やルーチンを自動化することで患者と向き合う時間が増え、サービスの質と仕事満足度の両面に向上が認められるという前向きな評価が増えている。

 本論文の価値は、その程度を別にすれば「日々のAI利用において潜在的な心的リスクが広く存在する可能性」を明らかにした点であり、将来的な技術開発においては、システムの有効性に加えて、「そのシステム特性に沿った利用者影響」を考慮した設計が必要になる可能性は高い。同時に、本研究の調査範囲を越えた他地域・他職種においても、同様の影響を本当に認めるのかという「一般化可能性の程度」については、今後追加的な検証が行われることになるだろう。また、この種の相互作用によって、有害な心的影響を受けやすいハイリスク者を特定することも予防的観点からは重要となり、今後の研究要素として挙げられることになる。(了)

【引用】
(※1)Tang PM, Koopman J, Mai KM, et al. No person is an island: Unpacking the work and after-work consequences of interacting with artificial intelligence. J Appl Psychol. 2023. doi: 10.1037/apl0001103.


岡本将輝氏

岡本将輝氏

【岡本 将輝(おかもと まさき)】
 米ハーバード大学医学部放射線医学専任講師、マサチューセッツ総合病院3D Imaging Research研究員、The Medical AI Times編集長など。2011年信州大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科専門職学位課程および博士課程修了、英University College London(UCL)科学修士課程修了。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員(DC2・PD)、東京大学特任研究員を経て現職。他にTOKYO analytica CEO、SBI大学院大学客員教授(データサイエンス・統計学)など。メディカルデータサイエンスに基づく先端医科学技術の研究開発、社会実装に取り組む。

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