「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

日本のマスク緩和はいつ?
~乗り越えるべき三つの要因~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第51回】

 新型コロナウイルスの第7波流行もピークを越え、国内では感染対策の緩和が進んでいます。そんな中、マスクの着用だけは相変わらず続いていますが、その緩和はいつ頃行われるのでしょうか。欧米ではマスクをしている人がほとんどいないことから、日本での対応の遅れを指摘する声も聞かれます。今回は日本でのマスク緩和について考えてみます。

エリザベス女王のひつぎの後を歩くチャールズ国王とアン王女=9月19日英ロンドン

 ◇二つの国葬に見るマスク着用の違い

 2022年9月は英国でエリザベス女王の国葬が、日本では安倍元首相の国葬が行われました。それぞれの参列者を見て、大きく違った点がマスクの着用です。英国ではマスク着用者がほとんどいなかったのに、日本ではほぼ全員がマスクをしていました。

 英国では22年4月から新型コロナ予防のためのマスク規定が変更され、日常生活で着用することが不要になりました。一方、日本では屋外での着用がやや少なくなっていますが、屋内でのマスク着用率は100%近くになっています。厚労省は5月中旬に、屋内でも人と人の距離が保てて、会話がないのならマスク着用の必要はないという指針を出しています。しかし、その後に第7波の大流行があったため、日本でのマスク緩和はあまり進みませんでした。

 ◇マスク無しで感染拡大は防げるか

 新型コロナの感染対策としてマスクを着用するのは、感染者がウイルスを周囲に散布しないためと、健康な人がウイルスを吸い込まないための二つの効果を目的にしています。こうしたマスクの効果に関する研究データは数多く報告されており、既に十分証明されています。

 その一方、ワクチン接種が進んだ社会であれば、マスク着用なしでも感染拡大を防げるかどうかは、あまり分かっていません。ただ、最近の欧米諸国の状況を見ると、マスク無しでも流行の大きな拡大は起きていないため、「日本でも欧米並みにマスク着用を緩和すべきだ」という声が数多く上がっています。

 こうしたマスク緩和の動きは、日本に外国人観光客を誘致するためにも必要なことですが、私は現時点で日本が欧米並みに緩和できる状態にはなっていないと考えます。

 ◇日本で緩和できない三つの理由

 この理由として、まずは日本の流行状況があります。日本では現在も1日4万人前後の感染者が発生しており、世界保健機関(WHO)の週報では、ここ2カ月にわたり新規感染者数が世界1位にランクされています。日本の感染者調査が厳しすぎるという意見もありますが、欧米などに比べて新型コロナの流行レベルが高い状態にあることは確かだと思います。このような流行状況の中でマスク着用を欧米並みに緩和するのは、まだ早いと思います。

 もう一つは、感染により免疫を持っている人の割合です。オミクロン株の感染予防に当たっては、ワクチン接種と感染による二つの免疫(ハイブリッド免疫)が効果を発揮することが明らかになっています。日本で第7波の流行が起きた時点では、それまでに感染で免疫を獲得した人が少なかったため、多くの感染者が発生しました。この感染免疫を獲得している人の割合が、現時点でも日本は欧米に比べるとまだ少ないのです。その少ない分をマスク着用で補う必要があるのです。

 ◇リスクをどこまで受け入れるか

 そして、もう一つ大事なのは、マスク緩和によるリスクを日本ではどこまで受け入れるかという点です。欧米ではマスクをしない生活を既に始めているわけですが、それによる新型コロナの大流行は発生せず、重症者や死亡者も少なく抑えられています。ただし、高齢者などで重症化する人は一定の割合で発生しており、もし、社会全体でマスク着用を続けていれば、重症者や死亡者の数をもう少し減らせたかもしれません。こうしたリスクを日本ではどこまで受け入れることができるでしょうか。

 元来、欧米ではマスクへの拒否感がありました。それ故に、リスクが少々あってもマスクをはずす選択をしたのです。一方、日本では以前からインフルエンザや花粉症の季節にマスクを着用する生活をしており、欧米ほどマスクへの拒否感がありません。このため、マスクをすることで重症者や死亡者の発生リスクを少しでも減らせるなら、もうしばらく続けようと考える人もいるはずです。

 こうしたマスク着用を緩和した場合のリスクを政府は国民に事前に示し、マスク緩和を行うか否かを各自に判断してもらうのが良いかと思います。

日本武道館で行われた安倍晋三元首相の国葬で黙とうする参列者=9月27日

 ◇具体的なロードマップ

 それでは今後、どのような時期にマスク着用を欧米並みに緩和していったら良いでしょうか。

 現在、日本は第7波の流行がまだ収束していない状況にあり、今の時点で緩和を行うべきではありません。さらに、北半球ではこれから冬の季節を迎え、新型コロナの流行再燃が予測されています。日本で言えば第8波の流行になりますが、それが収束する23年の春頃に緩和を開始するのが良いでしょう。第8波の流行後は感染による免疫の獲得者も増えるでしょうし、オミクロン株ワクチンの接種でワクチンによる免疫も高まるはずです。

 この時期までに政府はマスク緩和の方針と、それにともなうリスクを国民に伝え、第8波の収束とともに各自が緩和をするかどうかを判断する。そんな道筋になるでしょう。

 ◇マスク着用が必要な場面も

 なお、欧米ではマスク着用が行われなくなったと説明してきましたが、各国は着用しなければならない状況も明示しています。まずは新型コロナに感染した人。これは周囲にウイルスを散布させないためにマスク着用がどうしても必要です。

 これ以外に、多くの国では医療機関内をマスク着用が必要な場所に挙げています。そこには感染者がいる可能性があるとともに、高齢者などハイリスク者も数多くいるためです。つまり、自分がかからないようにするためと、ハイリスク者に感染させないために着用が求められているのです。

 今後、日本でマスク着用が大幅に緩和された場合も、こうした状況下では着用が求められることになるでしょう。

 海外の映像を見て、日本でのマスク緩和の遅れに焦りを感じている人も少なくないと思いますが、日本の流行状況や国民性を考えた上で、あまり急がずに緩和を進めていくことが必要だと思います。(了)


濱田篤郎 特任教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏

 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。



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