「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

各種の感染症、世界各地で発生
~新型コロナで対策に遅れ~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第44回】

 新型コロナウイルスの流行が始まって3年目となり、ワクチン接種などで流行の拡大は制御されつつあります。その一方で、今年は新型コロナ以外の感染症の流行が世界各地で次々と報告されています。欧米を中心に増加している小児の急性肝炎もその一つになるでしょう。今回は最近、世界各地で発生している感染症について解説します。

日本科学未来館の地球ディスプレー「ジオ・コスモス」

日本科学未来館の地球ディスプレー「ジオ・コスモス」

 ◇世界の感染症流行状況に異変発生

 今年は世界各地で感染症の流行状況に異変が起きています。

 シンガポールやブラジルではデング熱の患者数が例年を大きく上回っています。イスラエルでは30年ぶりとなるポリオ(小児まひ)の感染者が発生しました。アフリカのケニアでも1995年以来の黄熱の流行が拡大中です。オーストラリアでは日本脳炎の初の流行が発生しました。これに加えて、欧米などでは小児の急性肝炎が急増しています。

 このように世界各地で古い感染症の再燃や、新しい感染症の流行が次々と発生しているわけですが、これには新型コロナの流行が影響しているようです。この原因として考えられるのは、各国の保健当局が新型コロナ対策に追われ、今まで日常的に行ってきた感染症対策に大きな遅れが生じている点です。

 ◇小児へのワクチン接種の停滞

 こうした感染症対策の遅れで顕著なのが小児へのワクチン接種です。例えば、はしかワクチンは2020年に全世界で2300万人の子どもが定期接種を受けることができませんでした。この結果、世界各地ではしか患者が増加しており、世界保健機関(WHO)によれば、22年は2月までに全世界のはしか患者が昨年より80%近く増加しています。

 ポリオも小児へのワクチン接種で流行を抑えてきましたが、この接種の遅れが世界各地で見られています。その影響により、22年3月、イスラエルのエルサレムではポリオに感染した子どもが7人確認されました。同国では30年ぶりのポリオ感染者の発生になります。東アフリカのマラウイでも21年11月に30年ぶりのポリオ患者が報告されました。

 ◇蚊の駆除作業も遅れる

 日頃の感染症対策の停滞は蚊の駆除作業にも及び、世界的に蚊の生息数が増えています。この影響で、蚊が媒介するデング熱マラリアの患者数が増加傾向にあります。シンガポールでは20年にデング熱患者が3万5000人と、過去10年で最多を記録しました。22年は4月末までにそれを上回るスピードで患者が増加しています。ブラジルでも、今年はデング熱患者が4月末までに54万人と、21年同期の倍以上の数になっています。

 黄熱も蚊に媒介される感染症ですが、ケニアで約30年ぶりに発生した流行も蚊の生息数の増加によるものと考えられています。同国では22年1月に首都ナイロビの北部で流行が発生し、今までに50人以上の患者が確認され、非常事態宣言が発令されました。

 はしか、ポリオ、デング熱、黄熱は古くから流行していた感染症で、ワクチン接種や蚊の駆除により流行が抑えられてきました。しかし、新型コロナ対策で保健当局の業務が逼迫(ひっぱく)したために、これらの対策が停滞し、それが流行の再燃を招いたのです。

 ◇オーストラリアで初の日本脳炎流行

 コロナ禍の中、古い感染症が新たな地域で流行拡大するという現象も見られています。これが22年、オーストラリアで起きている日本脳炎の流行です。

 日本脳炎は蚊が媒介する感染症で、日本などアジア東部の風土病として古くから流行していました。このアジア東部に隣接するオーストラリアでは、過去に最北端の島で感染者が確認されましたが本土での流行はありませんでした。ところが、22年2月からシドニーやメルボルンのある南部を中心に日本脳炎の患者が発生し、その数は4月末までに37人(疑いを含む)に上っています。

 日本脳炎はもともと、ブタがウイルスを保有しており、この感染ブタを吸血した蚊がヒトを刺して感染を起こします。このため、オーストリア各地のブタを調査したところ、国内の広い範囲で日本脳炎ウイルスが検出されました。オーストラリアはこれから冬の季節を迎えるため、流行は収束すると見られていますが、今後、同国に日本脳炎が風土病として残る可能性もあります。

 今回のオーストラリアでの日本脳炎流行と新型コロナ流行の関連は不明ですが、同国で蚊の駆除が停滞したことが影響しているのかもしれません。

人の肌に止まった蚊=AFP時事

人の肌に止まった蚊=AFP時事

 ◇欧米での小児肝炎の流行

 新たな感染症の流行として注目されているのが、欧米などで拡大している小児の急性肝炎です。

 22年4月上旬、英国で10歳以下の小児に急性肝炎が多発していることが明らかになりました。この肝炎は感染性と考えられますが、A型やB型など通常の肝炎ウイルスは検出されませんでした。その後、各国で調査が行われたところ、5月上旬までに英国で163人、米国で109人、EU諸国で95人の患者が確認されました。日本でも7人の患者(疑いを含む)が報告されています。患者の中には重度の肝機能障害を起こす者も多く、1割が肝臓移植を受け、米国では5人の死亡も確認されています。

 英国で確認された患者の75%からはアデノウイルスが検出されており、原因の第一候補にあげられています。ただし、アデノウイルスは通常、呼吸器症状や胃腸症状を起こしますが、肝炎の発症はあまりなく、このウイルスに何らかの変異が起きた可能性もあります。また新型コロナの感染が一部の患者で確認されており、その影響も考えられます。

 いずれにしても、今回の急性肝炎の原因や実態はまだ明らかになっていませんが、一つ気になるのが新型コロナワクチンとの関連です。主に欧米で接種が行われているベクターワクチンにはアデノウイルスが含まれています。このアデノウイルスはヒト体内で増殖しないように改造されているとともに、今回の患者から検出されたウイルスとは違う種類であるため、WHOや欧米保健当局はワクチン接種と肝炎の関係はないとの見解を示しています。なお、日本で主に使用されているmRNAワクチンにはアデノウイルスは含まれていません。

 新型コロナの流行は各国の保健医療システムに大きな負荷を掛けています。その影響により、古い感染症の再燃や新たな地域での流行、さらには新しい感染症の発生を起こしているようです。今後は、こうしたコロナ流行に併発する感染症にも注意をしなければなりません。(了)


濱田篤郎 特任教授

濱田篤郎 特任教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏

 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。



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