「医」の最前線 希少疾患治療の最前線

手術で8割が普通の日常生活
~もやもや病・希少疾患その1~ 濱野栄佳・国立循環器病センターもやもや病専門外来担当

 指定難病数は現在、333に上る。「パーキンソン病」や「潰瘍性大腸炎」など有名人が患ったことから、一般に広く知られている病名もあるが、一度も聞いたことがないような病名も数多い。全体像が明らかな疾患はごくわずかで、未解決の課題も山積している。「希少疾患」に対する最新の治療方法や課題について紹介する。(取材・構成 ジャーナリスト・中山あゆみ)


濱野栄佳・国立循環器病センターもやもや病専門外来担当

 もやもや病は、脳に血液を送る血管が細くなり、治療せずに放置すると徐々に進行し、脳梗塞脳出血を起こす病気だ。小児や若い世代で発症する場合が多い。治療法は血流が低下した脳血管に頭蓋外の血管をバイパスでつなぎ、脳血流を回復する手術が中心となる。国立循環器病センターもやもや病専門外来担当の濱野栄佳医師は「最近、これまでは予防が難しいとされていた再出血の予防にも手術が有効であることが分かってきました。早期に発見し、適切なタイミングで手術することで、後遺症もなく、約8割の人が普通の日常生活を送っています。希望を持って前向きに治療に取り組んでほしい」と呼び掛ける。

 ◆日本で発見、研究をリード

 もやもや病は1950年代に日本で発見された病気で、脳に血液を送る血管のうち、最も重要な太い動脈(ウィリス動脈輪)が徐々に狭くなり、脳に血流を届けようと異常な細い血管(側副血行路)が発達していく。この異常な血管が、画像で見ると煙がくすぶったように「もやもや」と見えることから、この病名が付けられた。

 通常、脳卒中が起こるのは中高年以降の動脈硬化が進んだ世代だ。しかし、もやもや病では、何の病気もない子どもや若い世代で脳梗塞脳出血を起こす。

 発症年齢のピークは、5~10歳前後の小児と、30~40歳代の二つの山があり、男女比は1対1・8で女性に多い。患者数は全国で約1万6000人。発症が報告される地域は東アジアに多く、欧米からの報告でも、アジア系が多いことが知られている。

 「日本の研究グループが、もやもや病の患者さんに多く見られる遺伝子(RNF213)変異を発見しました。この遺伝子変異は感受性遺伝子といって、もやもや病の患者の約8割が保有していますが、変異があれば必ず発症するわけではありません」

正常な脳血管(左)もやもや病の脳血管(右)、知っておきたい循環器病あれこれ第117号(公益財団法人循環器病研究振興財団)より

 ◆手足の脱力、しびれ、頭痛

 もやもや病には、血管が狭くなったり詰まったりして血流が不足する虚血型と、血管に負担が掛かって破れてしまう出血型の二つがあり、前者は小児、後者は成人に多い。

 出血型は突然起こるが、虚血型には特徴的な初期症状がある。

 「急に手足の力が入らなくなり、言葉が出ないなどの症状が現れ、数分で回復します。泣いたり、鍵盤ハーモニカを演奏したり、熱い食べ物をフーフー吹くなど、脳の血流が低下した後で起こるのが、よくあるパターンです。繰り返し頭痛を訴えることもよくあります。発作を繰り返すうちに、後遺症を残す脳梗塞や脳萎縮へと進んでいきます」

 異常に発達した細い血管に長年にわたって負担が掛かると、血管が破れて脳出血を起こす。

 「大人は約半数が出血型で発症するため 、突然、出血し、救急車で運ばれ検査をして、もやもや病が原因と分かるケースが多いです」

 ◆画像診断がカギ

 脳の組織は、いったん障害を受けてしまうと回復が困難なため、早い段階で発見し、後遺症が残らないうちに適切な治療を受けることが重要だ。

 診断には、磁気共鳴画像撮影法(MRI)、磁気共鳴血管撮影法(MRA)などの画像検査が不可欠となる。

 「脳梗塞を起こすことが少ない若い年齢で、脳梗塞のような症状を訴えた場合は、早めにMRI検査を受けることが大切です」

 さらに脳血管造影検査(カテーテル検査)で脳血管の詰まりや発達した異常血管の状態を詳しく調べ、脳血流検査(SPECT)で、脳の血流がどれくらい減っているかを調べる。

矢印が脳血流が低下している部分、知っておきたい循環器病あれこれ第117号(公益財団法人循環器病研究振興財団)より

 ◆適切なタイミングでバイパス手術を

 もやもや病の治療法は、手術が第一選択となる。手術のタイミングを決めるまでの経過観察中、脳梗塞の予防策として、抗血小板薬(アスピリン)を内服する場合もある。

 「アスピリンで一過性虚血発作の回数は減りますが、脳の血流量を増やすことはできません。脳出血のリスクもあるので、長期にわたって薬を飲むことは避けたい。すでに症状が出ている場合は、積極的に手術を行います」

 手術は頭蓋骨の一部を外し、脳の表面にある細い血管に頭の皮膚の裏側に走っている血管をバイパスとしてつなぐ。開頭手術と聞いて不安を強める患者も多いが、術後は2週間程度で退院できるという。毛髪がある部位を切開するため、2~3週間経つと術後の傷も目立たない。

 「手術を行う場合、タイミングの見極めが重要になります。まだ脳の血流が足りている段階でバイパス手術をしてしまうと、手術の効果があまり出ずに、後で病気が進行したときに症状が再発する場合もあるからです」

 また、最近では出血をしたケースの再出血予防にもバイパス手術が有効であることも分かってきた。

「一度、脳出血を起こすと、再出血のリスクが年間7%程度ありますが、バイパス手術をすると3%程度に下げられることが明らかになっています」

 ◆術後管理がポイント

 バイパス手術のあと、急に脳の血流が増え、一時的に不安定になることが少なくないという。

「せっかく手術をしても、術後の管理がきちんとできていないと、脳梗塞脳出血を起こして、逆に悪くなってしまう可能性があります。もやもや病の特性を十分に理解して、術後管理がしっかりできる施設で手術を受けることが大切です」

 適切なタイミングで手術を受けると、普通の日常生活を送れるようになる場合が多いという。
 「およそ8割の患者さんは、学校や仕事などを普通に続けることができています。サッカーのヘディングやラグビー、格闘技などのコンタクトスポーツは控える必要がありますが、たいていのスポーツは、ごく普通にできるようになります」

 日常生活では、脳梗塞のリスクとなる脱水に注意し、成人では禁煙やアルコールの飲み過ぎに注意する。

 「もやもや病は進行することが多い病気なので、手術をしても経過観察が必要です。細くなった血管を元の状態に戻す治療はまだ開発されていないという意味では、病気を抱えて生活していく覚悟は必要ですが、適切な時期に必要な手術を受ければ、健常者とほぼ同じ生活を送ることができます。ですから、病気になったからといって何かを諦めなければいけないということはありません」




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