こちら診察室 アルコール依存症の真実

この病気の本当の怖さ 最終回

 ◇「指を見てごらん」

 ぼうぜんとしている男性に医師は言った。

 「指を見てごらん」

 自分の指に目をやると、爪がほとんどなかった。

 「食べずに酒ばかり飲んでいたから爪が剝がれたんだよ」

 栄養不足が原因だった。指先と同じように体の至る所がボロボロだった。気力も湧かず、食べて寝るだけの入院生活がしばらく続いた。

 ◇縁切りの電話

 母親から病院に電話がかかってきた。「入院したその日に、店を畳んで田舎に帰った」という報告だった。家も処分したという。さらに母親は言った。

 「これからは、お前はお前で生きていきなさい。もう一切、お前の面倒は見ないから」

 口調には有無を言わせない厳しさがあった。体の不調か、心の痛みか、男性は吐き気を覚えた。そして思った。

 「母親からの電話を聞いて、俺は誰からも見放されたのだということが分かりました。帰る家もありません。独りぼっちです」

 3度目の入院の後、男性は酒を飲んでいない。インタビューに応じてくれたのは、そんな時だ。断酒がいつまで続くかは分からない。しかし、「酒を再開したら、今度こそおしまいだ」と男性は確信している。

 それはきっと真実であり、アルコール依存症という病気の本当の怖さなのだ。(完)

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 ジャーナリスト
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場(施設・在宅)を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。アルコール依存症当事者へのインタビューも数多い。

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