こちら診察室 アルコール依存症の真実
破滅前夜 第30回
27年前、筆者はアルコール依存症の男性に初めてインタビューした。
「これまでのことをお聞かせくださいますか?」
たった一つの質問で、その男性は2時間近く話し続けた。
バーに通い始めたのは18歳の時だった
◇酒に対する無力さ知る
男性はインタビューの時点では断酒を続けていた。それを続けるために自助グループで、自分の過去の振り返りを重ねていた。酒に支配されて破滅に至ったそれまでの人生を丁寧に振り返ることで、酒に対しての自分の無力さを知ることができる。酒に闘いを挑んでも勝ち目はない。再び酒に手を出せば、前よりもひどい破滅が待っている。このまま酒断ちを続けるしか自分の未来がないことを体に擦り込むために、男性は自分の過去の総括を繰り返す。
だから、「過去を聞かせてほしい」という質問によどみなく語り始めたのだ。
◇飲む練習で、まずさを克服
父親が膨大な借金を残して早世。母親と一番上の姉が懸命に返済のために働いた。長男である男性は中学校を卒業すると東京に出て、自動車の修理工場で働き始めた。大人になるための通行手形として酒を飲み始めた。だが、どの酒も口に合わなかった。カップ酒を毎日飲んで練習した。
1カ月後には酒がまずく感じなくなり、2カ月後には「おいしい」とさえ思うようになった。薄給の身に毎日の酒代はこたえる。少しでも安く飲もうと、安いウイスキーに切り替えた。さすがに、まずい。だが、今度も練習でまずさを克服した。
◇18歳でバー通い
「18歳になると、給料が少し上がりました。同郷の友だちと連れ立ってバーに行きました。友だちが注文したのはコークハイ。僕はウイスキーのロック。友だちは目を丸くして『すごいね』と言いました。もう、すっかり大人気分です。練習の成果もあり、ぐいぐいとグラスを重ねました」
酒の味はどうだったのか?
「バーでは一番安いウイスキーだったんですが、それよりも安い酒を飲んでいたので『本当においしい』と思いました。1人で飲むより雰囲気もいいし、氷だって透き通っているし、バー通いが始まりました」
◇借金が始まる
給料が上がったといっても、バー通いなど分不相応だった。アパート代を使い込み、サラ金から金を借りた。
「自分では、もうどうすることもできません。頼ることができるのは母しかありません。酒を飲んで景気を付けて、電話で助けを請いました。母は『お父さんと同じじゃないの』と泣きました。小言が嵐のように降り注ぎました」
酒を飲みながら、嵐が過ぎ去るのを待った。その頃は、酒を飲んでも電話の相手には悟られないような滑舌ができていた。郷里に帰ることを条件に借金を清算してくれた。
◇真面目に仕事して飲む酒
田舎に自動車修理工の求人はなかった。親戚の紹介でスーパーマーケットに勤めた。鮮魚部門に配属された。
「『心を入れ替えて、鮮魚の職人になろう』と思いました。入荷した魚の荷降ろしから始まって、陳列棚への品出しをやらされた後に、皮むきをさせてくれるようになりました」
現場は人手不足だった。手先の器用な男性は重宝された。
「すぐに、二枚下ろし、三枚下ろしなど、魚のさばきを任されるようになりました。真面目に仕事をしたからです」
男性は酒の味に思いをはせる。
「そして、仕事の後に飲む酒は本当においしかったです」
◇借金癖が再燃
やがて、後輩が入ってきた。
「毎日のように後輩を飲みに連れていきました」
間髪入れずに男性は自戒する。
「自分が飲みに行きたかったからです」
当然ながら金が尽きる。
「ええカッコしいでした」
後輩におごる金を、いや、自分が飲むための資金を捻出するために男性の借金癖が再燃した。
「理由をあれやこれやと考え、借りられる所から金を借りまくりました。自分の給料で返せなくなるまで時間はかかりませんでした」
追い詰められた男性は「もうここにはいられない」と、逃げるように東京に舞い戻った。
◇店の金をくすねる
手持ちの金は乏しく、「住み込み可・食事付き」の求人を探した。この時、男性は22歳。まだまだ若く、仕事はすぐに見つかった。
「今度は、そば屋の店員です」
居酒屋などの酒をメインに飲ませる勤め先は選ばなかった。自分の飲酒癖に、えたいの知れない薄気味悪さを感じていたからだ。
「『今度こそは真面目にやろう』と、一生懸命に仕事をしました。店の主人も奥さんも僕を信用してくれるようになりました」
一方で、飲酒癖は治まらない。
「でもね、まだその頃は、朝から酒を飲むのは休みの日だけだったんです」
たった一つの楽しみは、同郷の友人と酒を飲むことだった。若く、体力のあった男性はどんなに深酒をしても、翌日は普通に仕事ができた。
しかし、飲酒はエスカレートする。今度は友人との飲み代欲しさに、店のレジの金を懐に入れた。
「その金で飲んでいるうちに、『絶対にバレている』と、怖くなりました。住み込み用のアパートに帰る勇気はなく、山手線をぐるぐる回りました」
だが、終電の時間が来る。
「こっそりアパートに帰って寝て、翌朝は首を洗って店へ出ました。何と、バレていないようでした」
これは破滅前夜の物語。ほどなく訪れることになる破滅は次の機会に書く。(了)
佐賀由彦(さが・よしひこ)
ジャーナリスト
1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場(施設・在宅)を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。アルコール依存症当事者へのインタビューも数多い。
(2023/01/31 05:00)
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