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戻された時計の針 第10回

 ◇もともとの国の考え方

 介護保険法は自立支援を目的とする。第1条には「(要介護状態となった)者が、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むよう」という法文がある。同法の施行は2000年4月1日だ。4年後の04年2月17日の「第8回社会保障審議会福祉部会」では、「自立」の定義についての質問に対して、当時の厚労省総務課長は次のように答えている。

 「自立とは、個人が基本的に意思決定をして、自分の意思でいろいろなことができるようになること。例えば、移動が難しければ、誰かがアシストすることによって移動ができる。移動ができれば社会参加という意味では、その方は自立をしていると言える。従って、その方が本人の意思で社会参加できるようにしていくために社会的に支援していく」

 同福祉部会は介護保険制度について議論する場ではないが、当時の国は、自立に関して少なくともそのような考え方を持っていたはずだ。

 ◇ねじ曲げられた「自立」

 ところが、その6年後に社会保障審議会介護保険部会がまとめた「介護保険制度の見直しに関する意見」(10年11月30日付)では、次のような文面が記載されている。

 「介護保険においては、高齢者自らが要介護状態にならないよう、自発的に健康の保持増進に努め、できる限り自立した生活を送れるよう高齢者を支援することを目指して、その体制を整備することを、制度創設当初より保険者に求めてきた。前回の改正(06年施行の改正介護保険法)においては、このような『自立支援』の視点に立って、新予防給付が創設された」

 つまり、「自立」は利用者の努力によって達成されるものであり、「自立支援」は利用者の努力を促すものであるとされたのだ。障害者たちが勝ち取ってきた「自立」と「自立支援」の解釈は大きく後退した。

 ◇障害者たちは動いた

 介護保険制度における「自立」と「自立支援」の解釈の変節の理由は言うまでもなく、社会保障費抑制だ。しかし、国の都合でノーマライゼーションの理念がゆがめられてはたまらない。障害者たちは国の「自立」に対する考え方の変節を見破った。

 中国地方で地域生活を続ける重度障害者は語る。

 「時代が行ったり、戻ったりしている。介護面で見ると、みんなの運動によって進んできたところが、またちょっと戻されたというか、昔に戻ってしまった。施設から出て来た重度の人で、もう一回施設に帰らなきゃいけないんじゃないかと、真剣に考えた人もいたぐらいですから」

 そして、障害者たちの懸命の努力もあり、2006年に施行された「障害者自立支援法」は「障害者総合支援法」(13年施行)に変更された。

 しかし、介護保険制度では、時計の針が戻されたままで今に至っている。(了)

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。

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