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【特別編】乳がん患者、将来の妊娠の可能性は
「生殖補助医療」始める選択も 東京慈恵会医科大学の現場から

 ◇「卵巣の余力」も確かめながら

 生殖補助医療を始める場合は、手術して乳がんの診断が確定し、薬物療法を開始する前のタイミングで行うことが多い。患者の卵子を採取し、パートナーがいる場合には体外受精受精卵(胚)にして、パートナーがいない場合は未受精の卵子のまま、凍結保存し、がん治療終了後の妊娠に備えるのが標準的な方法だ。

乳がん患者の生殖補助医療の一般的な流れ

乳がん患者の生殖補助医療の一般的な流れ

  なお、卵巣機能に個人差があることから、患者が妊娠を希望したのを受け、採血検査で抗ミュラー管ホルモン(AMH)というホルモンを調べ、「今どのくらい卵子が残っているか」という「卵巣予備能」を確かめることが多い。

  「若いのに卵巣予備能が低い方もいれば、年齢が高いのに予備能が保たれている方もいる。十分な余力があれば、将来の自然妊娠に期待するという選択も十分考えられる」

    採卵の際、複数の卵子を採るためにはホルモン剤で卵巣を刺激する。その結果、卵巣から出る女性ホルモンが通常より増えるため、ホルモン受容体陽性の乳がんの場合、がんの増殖につながる心配もある。

   ただ最近は、乳がん治療でも使うアロマターゼ阻害薬(ホルモン療法薬の一種)を併用することで「半分から3分の1程度まで女性ホルモンの数値を抑えられる」という。また、採卵にかける時間のために乳がん治療があまり遅れないよう、任意の時期に排卵を促す「ランダムスタート法」も用いられるようになり、「本来の乳がん治療への影響を極力少なくする方向で、卵巣刺激ができている」と岸准教授は説明する。

   ◇現実的で納得できる選択を

 がん治療が終わり、一定の期間を置いて、いよいよ妊娠を目指すときに、凍結してあった胚や卵子を融解する。未受精だった卵子は体外受精で胚にする。最後に、胚を母体の子宮内に移植するという手順は、どちらの場合も同じだ。

岸裕司氏

岸裕司氏

 妊娠を目指すときにはすでに、生殖補助医療によっても年齢や卵巣機能の低下で妊娠しにくい状況になっていることもある。「現実問題として45歳より後に妊娠を目指すのは本当に難しい」。東京慈恵会医科大学附属病院では46歳以降の体外受精や胚の移植は行っていないという。

 「子どもが欲しい」という患者の切実な願いにどこまで応えられるのか、医学的な判断を伝え、患者の選択を支えるのが医療者の役割だ。「医師や看護師がカウンセリングで相談に乗り、妊娠を希望するがん患者さんにどんな選択肢があるのか、希望に沿える形があればどう進めるのかを一緒に考えていく」と、岸准教授は患者に寄り添う姿勢を強調する。

 患者にとっては、がん治療に加え、パートナーや家族の意向、治療費の問題についても考慮を迫られながらの判断になりそうだが、現実的かつ自ら納得できる選択をできれば幸いだ。(水口郁雄)


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