こちら診察室 よくわかる乳がん最新事情

最終回 着実に進歩する乳がん治療
ゲノム時代、個人に最適の薬探しも目標に 東京慈恵会医科大の現場から

  「よくわかる乳がん最新事情」の連載は今回が最終回です。最後に、近年の治療成績の向上とともに診断と治療の進歩を総括し、今後の方向性を展望してみたいと思います。

 乳がんの発症頻度は日本の女性では、さまざまな種類のがんの中で最も多く、一番なりやすいがんといえます。がん登録推進法に基づく初めての患者数公表の対象となった2016年に乳がんと診断された女性は全がんの22.1%を占め、ほぼ5人に1人の割合でした。

 発症年齢別に患者数を見ると、40歳代後半から50歳代前半に一つのピークが存在します。日本人の平均寿命が延びる中で60~70歳代にもピークがあり、最近、高齢者の乳がん罹患(りかん)率が増加しています。

 しかし、乳がんの死亡数(2018年)をみると、がん全体の約9%にとどまり、大腸がん肺がん胃がん、膵臓(すいぞう)がんに次いで5番目となっています。つまり、乳がんは比較的治りやすいがんと言えます。

 ◇5年生存率改善、ステージⅢとⅣで顕著

 乳がんの「5年生存率」も改善しています。国立がん研究センターは19年12月、がん治療の拠点病院など318施設で10~11年の間に乳がんと診断された女性について、発症後5年経過して生存している割合が92・2%だったと明らかにしました。1990年代は8割台半ばでした。

 この19年の統計と、がん専門病院のがん研有明病院(東京都江東区)が1999年に集計した乳がん生存率の統計を比べると、ステージⅠ~IVのどの病期でも、5年生存率が向上していることが分かります。特に、病状が進んだステージⅢ、さらに他の臓器(肺、肝臓、脳など)や骨への遠隔転移も起きているステージIVでの改善が顕著となっています。

 これらの結果は乳がん検診による早期発見の増加とともに、乳がんの診断と治療の技術が着実に進歩しているためだと思います。

 現在、市町村などの自治体は40歳以上の女性を対象に2年に1回、乳がん検診を無料で行っています。受診率は残念ながら約45%で、欧米の70~80%と比較して低いものの、最近やや増加傾向となり、早期乳がんの発見率増加につながっています。

 またマンモグラフィー(乳房X線検査)、超音波検査(エコー検査)、磁気共鳴画像装置(MRI)検査などの診断技術の進歩も目覚ましいものがあり、それらを駆使して直径5ミリ以下の乳がんでも確実に発見できるようになってきています。ステージⅠの早期乳がんは5年生存率が99%以上ですから、今後も乳がん検診受診率をさらに向上させるための啓蒙活動などの努力が必要です。

 ◇遺伝子の働きの解明が大きく貢献

  ステージII、III、IVの患者の生存率改善の大きな要因は、基礎医学の分野で乳がんの発症や増殖などに関する遺伝子レベルのメカニズムの解明が進み、それに伴って治療技術が進歩したことだと考えます。

 乳がんは細胞の形態から病理学的に10種類以上に分類されてきました(浸潤乳管がんの乳頭腺管がん、充実腺管がん、硬がんが代表例)。2000年代初頭から、それとは別に、乳がんの性格(生物学的特性)によって「ルミナルA型」「ルミナルB型」「HER2(ハーツー)型」「トリプルネガティブ型」の4種類に分類(サブタイプ分類)され、この分類が治療薬の選択に有効であることが分かってきました。

 これまでの連載記事で、サブタイプ分類と治療薬の関係について具体的に紹介してきましたが、乳がん細胞中に存在するER(エストロゲンレセプター、レセプターは「受容体」の意味)、PgR(プロゲステロンレセプター)、HER2(ヒューマン・エピダーマルグロースファクター・レセプター2=ヒト表皮成長因子受容体2型)という三つの遺伝子がどのように働いているかの解明が、サブタイプ分類とそれに応じた薬の選択にも結び付いているのです。

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