糖尿病腎症〔とうにょうびょうじんしょう〕

 糖尿病は第二次世界大戦後に食糧事情がよくなったこととあいまって急速に増加した疾患です。糖尿病では1型、2型を問わず、20年近くの経過で微小血管障害といわれる腎症、網膜症、神経症が出現してきます。このうち、腎症と網膜症は並行して発症することが少なくありません。
 糖尿病の人では糸球体の出口の動脈(輸出細動脈)が正常よりも閉じており、その結果、糸球体に大量の血液が流入して糸球体内部の血圧が上昇していると考えられています(糸球体高血圧)。糸球体はこの圧を利用して濾過(ろか)をおこなっていますので、必要以上に高い圧がかかると本来濾過されないたんぱく質などの大きな分子も濾過され(過剰濾過)、尿中に漏れ出します。いっぽう、このような高い圧が長期間続くと、糸球体の構造自体が変化して濾過機能が低下していきます。
 したがって、糖尿病腎症の最初の徴候は、微量アルブミン(尿中にもっとも多いたんぱく質)尿です。それを放置すると大量のたんぱく尿となり、最後には腎機能障害が出現し、透析に至るおそれがあります。

[症状]
 糖尿病腎症の多くは、微量アルブミン尿からたんぱく尿、そして腎機能障害へと進行していきます。微量アルブミン尿の時期には高血圧しかみとめないことが多く、むくみはほとんどありません。
 しかし、たんぱく尿が出現しはじめるとしばしば下肢がむくむようになり、腎機能障害が進行してくるとますますむくみが強くなり、血圧も高くなります。糖尿病そのものの症状である口渇感や多尿といった症状に加えて、網膜症の症状である目が見えくい、目がかすむといった症状がしばしばみられます。

[治療]
 糖尿病腎症は糖尿病の合併症ですから、糖尿病の治療は当然大切です。
 同時に、腎症発症予防の観点からは厳格な血圧コントロールが重要となります。糖尿病がある場合は、血圧を最低でも130/80mmHg未満まで下げる必要があります。糸球体高血圧を是正する(糸球体内部の圧を下げる)ためです。
 さらに腎症への進展を防ぐには、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)を積極的に用いることが肝要であるとされています。これらの薬は全身血圧を低下させるだけでなく、糸球体の出口の血管(輸出細動脈)を開くため、糸球体高血圧の是正に有効だと考えられています。さらに、高血圧による糸球体の構造的変化を直接抑制するという可能性が示されています。
 食事療法は、糖尿病腎症治療でもっともむずかしいところです。糖尿病では厳重なカロリー制限がおこなわれ、カロリーに占める糖質の割合を少なくすることが求められます。しかし糖尿病腎症では、たんぱく質摂取量は少なくし、逆にカロリーをすこし多くする食事が求められます。実際にどのような食事内容が糖尿病腎症によいのかは、今後さらに検討が必要です。
 また、糖尿病の人は、微量アルブミン尿の検査を1年に1回は受けるようにしてください。糖尿病腎症でもっとも大切なのは初期発見です。特に、微量アルブミン尿が出現するかしないという時点で治療を開始すれば、その後の経過はかなり良好です。

■SGLT2阻害薬
 腎臓の近位尿細管の一部では尿から血管へ糖などの吸収(再吸収)がおこなわれています。この尿細管から血管へ糖を運ぶ役割を果たしているのがSGLT2(sodium glucose cotransporter 2)という運び屋的な物質です。このSGLT2を阻害すると血管への糖の再吸収が阻害され、尿中に残った糖はそのまま尿として体外へ排泄(はいせつ)されます。血管への糖の吸収が阻害されるため、結果として血液中の糖の量が減る、つまり血糖値が下がります。
 米国糖尿病学会は2020年6月に糖尿病診療ガイドラインを一部改訂し、eGFR(推算糸球体濾過値)が30mL/分/1.73m2以上でかつ尿アルブミンが300 mg/gCr以上の2型糖尿病の人に対し、腎機能低下と心血管イベントの予防のためにSGLT2阻害薬を投与することを推奨しています。日本でも同様の傾向となっていくと思われます。

(執筆・監修:医療法人財団みさき会 たむら記念病院 院長 鈴木 洋通)
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