外科治療

 がんをすべて外科的に切除できれば、がんは根治できるはずです。それがむずかしいのは、外科的にすべて切除したと思っても、がんが残っていたり、遠くに転移したりしていて、すべてのがんを除去できないことがあるからです。がん細胞は周囲の正常組織にしみ込むように浸潤(しんじゅん)することがしばしばあり、肉眼的にがんをぎりぎりで切除すると、切除した断端に残存していたがん細胞がふたたび増殖してくることがあります。たとえば進行した胃がんでは、がんから3㎝から5㎝離れた部位で切除しないと、再発する可能性が高いことが知られています。また、十分距離を取ってがんを切除しても、がんは転移する性質があるため、すでに近くのリンパ節に転移したがん細胞が残っている可能性があります。この場合もリンパ節でがん細胞が増殖して、根治することはできません。そこで、がんの手術ではがんから十分距離を取ってがんを切除することと、がん細胞が転移している可能性のあるリンパ節を切除する(これを郭清〈かくせい〉といいます)必要があります。
 現代のようにがんの放射線治療や抗がん薬治療が発達していなかった時代には、とにかく手術でがんを取りきるために、周辺の臓器もあわせて切除するなどの拡大手術がおこなわれてきました。しかし、ある程度がんが進行すると、がん細胞はがんの発生した部位の周辺だけでなく、さらに遠くのリンパ節や臓器に転移しているため、いくら手術を拡大してもがんを取りきることができないことがわかっています。また早期のがんでは一般的に、リンパ節転移の可能性も低く、転移しても発生した臓器の近傍のリンパ節にとどまっていることが多いので、リンパ節の郭清を手控えた、縮小手術がおこなわれます。そのほか、臓器によっては早期であれば神経を温存したり、食道がん、胃がん、大腸がんで粘膜にとどまっているような、転移の頻度がきわめて低い早期がんでは、内視鏡などでがんを剥ぎ取る治療も一般化しています。
 また、以前はがんを完全に取り切れなくても、がん組織の量を減らす目的で、がんを切除することが一般的におこなわれていましたが、切除することで必ずしも延命が得られるわけではないことがわかってきました。その場合には、抗がん薬治療や放射線治療をおこなったり、時には緩和医療で対応するようになりました。ただし、現在でもがんが完全にとれなくてもがんからの出血をとめたり、狭窄(きょうさく)して食事ができない場合には、病巣を切除したりバイパス手術をおこなうことがあります。
 日本の多くの施設では、かつては拡大手術を目指して努力してきましたが、がんが進展すると拡大手術してもがんの治療成績が向上しないことがあきらかになりました。そこで、必要最小限の範囲の切除と、がんの近くのリンパ節郭清が標準的手術としておこなわれています。以前は欧米はリンパ節郭清はごく限定的におこない、抗がん薬や放射線で補うという方針でした。いっぽうで、日本や日本式の手術を採用した韓国などの手術成績が、欧米に比較して良好であることがあきらかになってきています。欧米がリンパ節郭清を手控えるのは、肥満患者が多いため合併症がきわめて多いという事情も背景にはあります。
 いまのところ、転移の少ない早期がんに対しては、機能を温存した縮小手術や、場合によっては内視鏡治療や放射線治療など侵襲の低い治療法が選択されます。中程度に進行したがんに対しては、がんの確実な切除に加えて、近くの転移の可能性の高いリンパ節を郭清します。さらに進行して、メスだけではすべてのがんを切除できない状態と判断した場合には、抗がん薬治療や放射線治療を選択します。手術と抗がん薬や放射線を併用して、治療効果を上げようとする試みもおこなわれており、一部で有効であることが証明されています。


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