梅毒(硬性下疳)〔ばいどく(こうせいげかん)〕

 梅毒は、梅毒トレポネーマによる感染症で、皮膚や粘膜の小さな傷から梅毒トレポネーマが侵入することで感染します。感染すると、血液やリンパ液の流れにのって梅毒トレポネーマが全身に散布されることで、長期的な時間をかけてさまざまな症状をひき起こす全身性の慢性感染症です。
 胎児が母体内で胎盤(たいばん)を通して感染したものを先天梅毒と呼び、それ以外を後天梅毒と呼びます。
 ペニシリンの登場により感染者は大きく減少しましたが、近年世界的に患者数がふたたび増加傾向にあり、問題となっています。

[症状]
 梅毒は、皮膚や粘膜の発疹(ほっしん)や全身の臓器に症状が出る顕性梅毒と、症状はなにもないけれども血液検査で梅毒血清反応が陽性である無症候梅毒に分けられます。顕性梅毒は、その症状と経過により、さらに第1~4期に分類されます。

1.第1期梅毒
 性的接触によって梅毒に感染してから約3週間は、症状はありません(第1潜伏期)。その後、性器など菌が入った部分に小豆(あずき)大から人さし指大までの硬いしこり(初期硬結〈こうけつ〉)ができます。この初期硬結はしだいに中心部分が潰瘍になります(硬性下疳)。この初期硬結、硬性下疳は痛みなどの自覚症状がなく、1つだけのことが多いです。男性では亀頭または冠状溝(亀頭と陰茎〈いんけい〉の間のくびれた部分)や包皮(ほうひ)に、女性では大小陰唇(いんしん)や子宮頸(けい)部にできることが多いです。初期硬結や硬性下疳の出現からやや遅れて、両側の鼠径(そけい)部などのリンパ節がはれますが、痛みはありません。これらの症状は、無治療でも2~3週間で消えてしまい、第2期の症状が出現する約3カ月後までふたたび症状がなくなります(第2潜伏期)。

2.第2期梅毒
 第1期に適切な治療がおこなわれないと、梅毒トレポネーマは血液の流れにのって全身に散布されます。感染から3カ月ほど経過すると、全身の皮膚、粘膜の発疹やリンパ節のはれが出現します。第2期梅毒でみられる発疹は多様であり、胴体を中心に顔面や手足に直径1cmくらいまでの目立たない薄い発赤(ほっせき:バラ疹)や、手のひらや足裏に、赤褐色(せきかっしょく)から赤銅色(せきどうしょく)の発赤や隆起(梅毒性乾癬〈かんせん〉)がみられます。これらの皮疹には、痛みやかゆみはありません。陰部や口腔内に隆起や潰瘍ができることもあります。これらの症状は、治療を受けなくても自然に消えてしまい、ふたたび症状がなくなります。

3.第3期梅毒
 感染後3年ほど治療を受けずに経過すると、全身にえんどう豆大から鶏卵(けいらん)大のゴムのような弾力のある腫瘍(ゴム腫)や、しこり(結節性梅毒疹)ができて、皮膚に潰瘍をつくります。現在ではこの段階まで治療されない梅毒はほとんどみられません。

4.第4期梅毒
 さらに治療を受けずに放置すると、感染後10年ほどで、大動脈瘤(りゅう)や大動脈炎といった心臓や血管の異常、および進行性のまひ、歩行障害(脊髄癆〈せきずいろう〉)や認知症の症状(神経梅毒)が出現します。第4期梅毒も、現在ではほとんどみられません。

[検査]
 梅毒の診断には、初期硬結や硬性下疳などの病変から出た滲出液(しんしゅつえき)を染色して、顕微鏡で梅毒トレポネーマを確認する方法と、血液検査で抗体を検出する方法(梅毒血清反応)があります。
 血液検査での診断が主流ですが、感染後4週間程度は陽性を示さないため、感染直後では判断できないことがあります。

[治療]
 基本的に、ペニシリンの内服または点滴で治療します。ペニシリン系抗菌薬にアレルギーがある場合は、他の種類の抗菌薬を使用します。抗菌薬の投与期間は、病期によって異なり、2~3カ月必要なこともあります。いっぽうで、2021年に持続性ペニシリン製剤の注射薬が保険適用となり、早期の梅毒であれば単回の注射でも治療可能になりました。

[先天梅毒]
 梅毒に感染した妊婦から胎内で梅毒に感染すると、流産、早産の危険が高まるだけでなく、新生児に第2期梅毒にみられるような皮疹が出現します。さらに、学童期以降に第3期梅毒の症状や角膜炎、難聴がみられます。
 妊娠初期に梅毒治療をおこなえば、かりに妊婦が梅毒に感染していても母子感染は防げます。日本では初期の妊婦健診で梅毒検査をおこなっていますので、2013年ごろまではほとんどの年で、年間報告数は10例以下でした。しかし、近年の若い女性の梅毒感染報告者数の急増に合わせるように、先天梅毒の年間報告数も増加傾向にあり、2014年以降は毎年10~20例報告されるようになり、2023年には年間37例と過去最多の報告数を記録しています。

【参照】感染症:梅毒

(執筆・監修:東京大学大学院医学系研究科 泌尿器外科学講座 講師 亀井 潤)
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