イーライリリー・アンド・カンパニーのエグゼクティブ・バイスプレジデント/最高科学・医学責任者を務めるダニエル M. スコブロンスキー氏は、日本イーライリリーが10月10日にメディア向けに開いた研究開発戦略セミナーで、早期アルツハイマー病(AD)に対する抗アミロイドβ(Aβ)抗体donanemabの有用性について解説した。「donanemabは迅速かつ高率に脳内のアミロイドプラークを除去できるのが特徴。同薬投与例の半数で投与1年後にアミロイドプラークを除去できたことが確認されており、アミロイド除去例では投与をやめる(離脱)こともできる」と強調。さらに、病状が進行し脳内にタウ蛋白質の蓄積が認められるAD患者に対しては、同社が開発中の抗タウ薬を併用することで「ADの進行を阻止できると期待している」と説明した。

18カ月までに大半がアミロイド除去に成功、再蓄積は確認されず

 同社は今年(2023年)9月下旬にdonanemabについて厚生労働省に承認申請を行ったと公表、承認の可否の判断は2024年になるとみられている。米国では今年6月末までに米食品医薬品局(FDA)への承認申請を完了し、年内にも承認の可否が判断されると期待されている。

 donanemabの有効性と安全性を検討した第Ⅲ相試験TRAILBLAZER-ALZ 2は、8カ国においてPET検査によりAβおよびタウ蛋白質蓄積が認められる軽度認知障害(MCI)および軽度認知症を含む60~85歳の早期症候性AD患者1,736例(平均年齢73.0歳)を対象に行われた。AD進行の予測バイオマーカーであるタウ蛋白質の蓄積量によって低~中等度の群と早期ADの中でも病理的に後期に進行していることを示すタウ蛋白質の蓄積量が高度の群に層別化して解析したのも今回の試験の特徴である(関連記事「認知症薬donanemab、第Ⅲ相試験で有望な成績」)。試験結果はJAMA2023年7月17日オンライン版)に発表された。

 主要評価項目は、76週時におけるintegrated Alzheimer Disease Rating Scale(iADRS)スコアのベースラインからの変化量〔iADRSはADの認知機能と日常生活機能の評価尺度を組み合わせた総合AD評価尺度。低スコアほど障害が重度であることを示す(範囲0~144)〕とし、主な副次評価項目は臨床的認知症重症度判定尺度(Clinical Dementia Rating-Sum of Boxes;CDR-SB)スコア(高スコアほど障害が重度)の76週時におけるベースラインからの変化(悪化)とした。

 解析の結果、タウ蛋白質の蓄積量が低~中等度の早期AD患者では、プラセボ群に比べdonanemab群でiADRSのスコアは35%、CDR-SBのスコアは36%と有意な機能低下の進行遅延(いずれもP<0.0001)が認められた。早い病期のMCI例ではさらに大きなベネフィットが得られ、プラセボ群に比べdonanemab群でiADRSのスコアは60%、CDR-SBのスコアは46%の機能低下の進行遅延が認められた。投与1年時点でCDR-SBの評価において進行抑制が認められたのはプラセボ群の29%に対しdonanemab群では47%だった。

 スコブロンスキー氏は試験結果の重要なポイントとして、「donanemabの投与例の大半で投与12~18カ月までにアミロイドプラークの除去が確認された。その後、ベースライン(donanemab投与前)の水準までアミロイドプラークが再蓄積した例は確認されなかった」と強力なアミロイド除去効果を強調。さらに「アミロイドプラークが除去できればタウ蛋白質の量も減るため、脳内のタウ蛋白質の量を迅速かつ有意に低減できる」と述べた。一方、アミロイドプラークの再蓄積が見られた患者に対しては「再びdonanemabを投与する。今後、有効性や安全性の検証を行う方針」であることも明らかにした。

 同氏は脳内のアミロイドが迅速に除去される利点として、「抗Aβ抗体には副作用として、脳浮腫や微小出血といったアミロイド関連画像異常(ARIA)のリスクがある。早期にアミロイドを除去できれば抗Aβ抗体の投与をやめることができ、安全性の懸念が軽減できる。投与1年時点で半数の例でアミロイドプラークの除去が確認されているdonanemabでは投与中止が可能」と説明。さらに、「抗Aβ抗体の投与を行う際には、ベネフィットとリスクのバランスを取ることが必要。安全性の問題が非常に重要であり、どのような背景を有する患者であれば、ベネフィットがリスクを上回るのかを常に評価することが重要になる。病期が進行している患者の場合、ARIA出現のリスクも高まるため、早い病期の患者に治療を始めればベネフィットが大きくなり、ARIAの出現リスクも低くなる」とdonanemab投与における適切な患者選択についての考えを示した。

2種類の抗タウ薬を開発、1つは第Ⅱ相を進行中

  スコブロンスキー氏は、donanemabをはじめとする抗Aβ抗体の特徴として「脳内にタウ蛋白質の蓄積が認められない早期ADの段階であれば効果が期待される一方で、タウ蛋白質が脳内に認められた状態では抗Aβ抗体に抗タウ薬を組み合わせた治療が必要になる」との見解を提示。同社では、現在、複数の抗タウ薬の開発を進めており、最も開発が進んでいるのが低分子化合物で現在第Ⅱ相試験が進行中であり、もう1つは来年、第Ⅰ相試験の開始を予定しているとした。

 なお、FDAは今年1月に迅速承認した抗Aβ抗体レカネマブ(日本では今年9月25日に正式承認)の添付文書で、ARIAに対する警告を記載し、潜在的なリスクについて注意喚起を行った(関連記事「米FDA、認知症治療薬lecanemabを正式承認」)。ARIAの発現はアポリポ蛋白E(apoE)ε4対立遺伝子(apoE4)との関連性が強いことが報告されていることから、レカネマブの投与前にapoE4キャリアであるかについて調べる検査が必要と指摘された。

 先行薬剤の例を挙げた上で、同氏は「apoE4キャリアに抗Aβ抗体を投与するとARIAリスクが高くなる。apoE4の保有状況やタウ濃度などの情報は、抗Aβ抗体を投与する際に、患者のリスク評価を行うためのツールの1つとして使える可能性がある。donanemabに関しては、これらの検査を治療前に行うべきか否かについては結論が出るまで時間を待つ必要がある」と述べるにとどまった。

(小沼紀子)