国内では年間約30万人が脳卒中を発症し、その6割は脳梗塞とされる。脳内の神経細胞は再生能に乏しく脳梗塞患者の約半数が後遺症に苦しんでおり、寝たきりや要介護認定の主な原因疾患の1つとなっている。急性期治療後のリハビリテーションによる神経機能の回復には限界があるため、脳の神経細胞を再生させる可能性のある幹細胞治療が期待されている。東北大学大学院医工学研究科教授の新妻邦泰氏、同大学院神経外科学教授の遠藤英徳氏らは、亜急性期の脳梗塞患者に対し腫瘍化のリスクが低い多能性幹細胞であるMuse細胞を静注投与する二重盲検ランダム化比較試験(RCT)を実施。投与後52週時点で安全性の問題は認められず、上肢機能の回復促進などの有効性が示唆されたと、J Cereb Blood Flow Metab2023年9月27日オンライン版)に報告した。

モデル動物で運動機能の改善を確認

 これまで、急性期の脳梗塞治療にさまざまな幹細胞が試験的に導入されてきたが、治療効果を示す報告はほとんどなかった。東北大学教授の出澤真理氏らが発見したMuse細胞は、自発的に適切な細胞型に分化して損傷した細胞と置換するため、分化を誘導する遺伝子導入やサイトカイン処理、ヒト白血球抗原のマッチングや副作用の強い免疫抑制薬などを要さないという利点を持つ。

 新妻氏らは以前、ラット中大脳動脈閉塞/再開通モデルの急性期にMuse細胞を投与すると運動・感覚機能が改善すること(Stem Cell 2016; 34: 160-173)、マウスラクナ梗塞モデルの亜急性期への局所投与では運動機能が改善すること(Stroke 2017; 48: 428-435)などを報告している。また、Muse細胞製品CL2020の投与により、マウスラクナ梗塞モデルの亜急性期/慢性期における運動機能の改善も示唆されている(Stroke 2020; 51: 601-611)。

 今回は、亜急性期脳梗塞患者へのCL2020投与の安全性と有効性を検証する探索的臨床試験を行った。対象は、標準的な急性期治療後も身体機能の低下を呈する〔modified Rankin Scale(mRS)スコア3以上〕脳梗塞発症後14~28日の患者35例。CL2020群(25例)とプラセボ群(10例)にランダムに割り付けて単回静脈内投与した。主要評価項目は52週までの安全性、主要な副次評価項目は奏効率(mRSスコア2以下を達成した割合)、その他の副次評価項目はFugl-Meyer Motor Scale(FMMS)で評価した運動機能、mRSスコアおよび米国立衛生研究所脳卒中スケール(NIHSS)スコアの変化などとした。

重大な副作用なく、上肢機能回復示す

 検討の結果、CL2020群で見られた主な副作用は胃腸疾患(28%)、便秘(24%)で、精神障害や不眠症などはプラセボ群より少なかった。CL2020群でのみ毛髪が灰色/白色から黒色に変わる副作用が12週までに3例、12~52週で3例、計6例(24%)に認められたものの、臨床試験を進める上で問題となるような重大なものは認められなかった。

 さらに12週時点の奏効率はプラセボ群の10.0%(95%CI 0.3~44.5%)に対してCL2020群では40.0%(同21.1~61.3%)と高く、95%CIの下限が事前に設定した閾値である8.7%を上回りMuse細胞の治療効果が示された。52週時にはCL2020群の68.2%がmRSスコア2以下を達成した。FMMSで評価した上肢運動機能については、CL2020群で有意な改善が認められた(P<0.01)。NIHSSスコア1以下を達成した割合もCL2020群で多かった(0% vs. 23.8%)。

 以上の結果を踏まえ、新妻氏らは「Muse細胞は、亜急性期脳梗塞の治療法として安全かつ有効な可能性が示された」と結論。「現在、複数の医療機関が参加する大規模な第Ⅲ相試験を計画しており、実用化に向け研究を進めていく」と展望している。

服部美咲

変更履歴(2023年10月17日):記事の一部を修正しました