文部科学省が策定する医学教育や看護学教育のモデル・コア・カリキュラムでは、性の多様性の理解を学習目標として掲げているが、日本におけるレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー(LGBT)に関する教育は十分でない(関連記事「日本ではLGBTに関する医学教育が不足」)。東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター臨床疫学研究部の金久保祐介氏らは、医療従事者がLGBTの患者を診療する際の臨床技能を測定する尺度「日本語版LGBT-DOCSS」を開発したと、PLoS One(2024; 19: e029857)に報告した。
LGBT患者への診療に必要な臨床スキルの評価尺度はなし
LGBT当事者は、生物学的な性と性自認が一致するシスジェンダーの異性愛者に比べ精神的苦痛、自殺念慮、自殺企図のリスクが高いといわれるにもかかわらず、49.6%が医療機関受診時に不快な経験をしたことがあり、体調不良時に48.1%が受診を躊躇しているとの報告がある(TRanS, 名古屋市立大学看護学研究科国際保健看護学. GID/GD/トランスジェンダー当事者の医療アクセスの現状)。こうした背景には医療者のLGBTに対する知識や経験の不足が指摘されており、適切な教育が求められていた。海外ではLGBT患者の診療時に必要な臨床技能を評価する尺度が幾つか存在するが、日本にはこのような尺度はなかった。
そこで金久保氏らは今回、既に信頼性・妥当性が確立されている18項目7段階のリッカート尺度から成るLGBT-DOCSSの日本語版を作成し、信頼性と妥当性を評価。研究対象は亀田総合病院、亀田クリニック、亀田ファミリークリニック館山(いずれも千葉県)で勤務する医療従事者(医師、歯科医師、看護師、薬剤師、心理士)とした。
金久保氏らはまずLGBT-DOCSSを和訳し、言葉使いや表現を調整して試作版を作成。試作版を英語に逆翻訳して原著者であるMarkus P. Bidell氏に確認を依頼した。その後、医療従事者8人(男性4人、女性4人うち1人がレズビアン)に試作版を回答してもらい、認知デブリーフィングを実施。得られた意見を基に表現を修正し、再度英語に逆翻訳して原著者の確認を受け最終版とした。原版の下位尺度は「態度」「基礎知識」「臨床的準備」の3因子構造から成るが、日本語版LGBT-DOCSSは「臨床トレーニング」を加えた4因子となった。
性的マイノリティーの存在が身近な医療者ほどスコアは高い
日本語版LGBT-DOCSSの信頼性、妥当性を検証するためオンラインで質問紙調査を実施した。質問紙には日本語版LGBT-DOCSSに加え、この尺度と相関があると考えられる3尺度 (ATLG-J6R、J-GTS-R-SF、J-RWA)、相関がないと考えられる尺度 (J-BIDR)を基にした項目、世代、生物学的な性、性的指向、性自認、職種、家族や友人、同僚などにLGBT当事者がいるかどうかのかの項目が含まれた。
1,855人中、381人からの有効回答が得られ、内訳は20歳代で最も多くが47.5%、シスジェンダー女性が69.6%、シスジェンダー男性が28.3%、トランスジェンダーが1.8%、異性愛者が78.2%、バイセクシュアルが2.9%、無性愛者が2.1%、レズビアン/ゲイが1.0%などだった。日本語版LGBT-DOCSSの計量心理学的特性について、Cronbacch's α係数による内的一貫性は0.84(95%CI 0.81~0.86)で、再検査信頼性を示す級内相関係数(ICC)は0.86(同0.80~0.91)といずれも高かった(表)。
表. 日本語版LGBT-DOCSSの尺度特性
(東京慈恵会医科大学プレスリリースより)
「態度」下位尺度のスコアは若年層で有意に高かったが(P<0.01)、「臨床的準備」下位尺度のスコアは高齢層で有意に高かった(P=0.01)。「基礎知識」「臨床トレーニング」下位尺度に年齢層による差はなかった。シスジェンダーかつ異性愛者は性的マイノリティーに比べ尺度全体および各下位尺度のスコアが有意に低かった(P<0.01)が、同性愛者やトランスジェンダーの家族や友人、親戚、同僚などがいる者は、そうでない者に比べスコアは高い傾向が示された。
金久保氏らは、日本語版LGBT-DOCSSについて「LGBTの患者をケアする上で、医療従事者の自己評価や効果的な学習につながる可能性がある」と結論。「この評価尺度を教育・研修カリキュラムの開発などにも役立ててほしい」と付言している。
(平吉里奈)