加齢黄斑変性(AMD)や糖尿病黄斑浮腫(DME)といった黄斑疾患は、重度の視力低下および失明の原因の上位を占め、社会の高齢化を背景として世界的に有病率が上昇傾向にある。近年、血管内皮増殖因子(VEGF)阻害薬の登場により転帰が大幅に改善された半面、長期的な継続治療を要することから患者負担をいかに軽減するかが課題となっている。鹿児島大学大学院先進治療科学専攻感覚器病学講座眼科学分野教授の坂本泰二氏は、バイエル薬品と参天製薬が1月20日に開催した黄斑疾患の最新治療に関するプレスセミナーで、抗VEGF療法におけるアフリベルセプト(商品名アイリーア)8mgの位置付けについて解説。「投与間隔の延長が示唆されたアフリベルセプト8mgは、患者だけでなくその家族や介護者をはじめ、医師を含む医療従事者の負担軽減が期待できる」と述べた。(関連記事「アフリベルセプト8mg、投与3年目も良好な結果」)
黄斑疾患治療目標としてのSDC
日本における視覚障害の原因疾患は、約5人に1人がAMD〔大半が新生血管型AMD(nAMD)〕またはDMEといわれている。特にDMEは働き盛りの30歳代後半~50歳代に好発するため、患者本人だけでなく介護する家族、医療費や労働生産性の低下などに伴う社会的負担も大きい。視覚障害がもたらす社会損失額は約8兆8,000億円と推定されている。
また黄斑疾患は進行すると、失明などの日常生活への影響が大きい不可逆的な視力障害を引き起こすことから、早期の治療介入、治療継続が重要となる。
こうした背景を踏まえ、坂本氏監修の下に提唱されたのがSustainable Disease Control(SDC)という考え方だ。黄斑疾患治療において、疾患活動性を示す血管新生や血管透過性亢進などの病態を持続してコントロールし、長期的な視力低下を防ぐための治療目標の指標である。SDCの達成基準として①改善した視力を長期に維持できる、②Fluidを速やかに減少させ長期に維持できる、③負担軽減により治療継続できる-の3つが設けられている(図)。
図.Sustainable Disease Control(SDC)
(プレスセミナー発表資料を基に編集部作成)
抗VEGF療法は、脈絡膜の血管内皮細胞を活性化させ新生血管を発生・進展させるVEGFの阻害を介して視力の維持・改善を図るもので、nAMDおよびDMEにおける標準治療となっている。高い効果が期待できる一方で、投与手技に関連する有害事象リスク、患者や介護者、医師などの負担軽減を目的とした投与間隔の延長に対するニーズが存在する。
米国の研究では、nAMD/DME患者の抗VEGF療法に対するニーズとして、最も高いものは視力の回復であるものの、年齢が上がるにつれて治療費や治療頻度への不安が増加する傾向にあることが示唆されている(Clin Ophthalmol 2020; 14: 2975-2982)。
そこで視力の改善だけでなく、既存のアフリベルセプト2mgよりも投与間隔の延長が期待される薬剤として、より高濃度のアフリベルセプト8mgが開発された。
nAMDでは3~5割前後で96週時の投与間隔20週を維持
nAMDに対するアフリベルセプト8mgの有効性と安全性は、滲出型AMD患者1,009例を対象とした第Ⅲ相PULSAR試験で検証されている。
同試験では、対照をアフリベルセプト8mg12週群(4週間隔で3回連続投与後、12週間隔で投与)、同16週群(4週間隔で3回連続投与後、16週間隔で投与)、対照群(同薬2mgを4週間隔で3回連続投与後、8週間隔で投与)に1:1:1でランダムに割り付けて比較した。
その結果、主要評価項目とした48週時の最高矯正視力(BCVA)スコアのベースラインからの平均変化量について、対照群に対する8mg12週群、同16週群の非劣性が示された(7.0文字 vs. 6.1文字 vs. 5.9文字)。96週時においてもBCVA変化量の群間差は維持された(6.6文字 vs. 5.6文字 vs. 5.5文字)。
副次評価項目として、16週時における中心窩領域に網膜内液(IRF)および網膜下液(SRF)が認められなかった患者の割合を見たところ、8mg投与の2群が63.3%(12週群:61.6%、16週群:65.0%)、対照群が51.6%と、8mg群の優越性が示された(群間差11.7%、95%CI 5.3~18.2%、P=0.0002)。
8mg12週群では、96週時まで12週以上の投与間隔を維持していた患者の割合は75.3%だった。また、96週時に次回予定された投与間隔が20週以上の割合は40.5%、24週以上は24.7%だった。一方、いずれかの時点で投与間隔が8週に短縮された割合は24.7%だった。
8mg16週群では、96週時まで16週以上の投与間隔を維持していた割合は70.2%だった。96週時に次回予定された投与間隔が20週以上の割合は53.1%、24週以上は30.8%だった。いずれかの時点で投与間隔が短縮された割合は12週が11.3%、8週が18.5%だった。
なお52週目以降、投与間隔の延長は最長24週と設定されていたが、同試験の期間内に投与完了した例の最長は20週だった。そこで、事後解析として96週時に投与間隔20週を維持していた患者の割合を見たところ、8mg12週群は30.6%、同16週群は46.6%だった。
DMEでは3~4割前後で96週時の投与間隔20週を維持
DMEに対するアフリベルセプト8mgの有効性と安全性は、DME患者658例を対象とした第Ⅱ/Ⅲ相PHOTON試験で検証されている。
同試験では対象をアフリベルセプト8mg12週群、同16週群(いずれもPULSARと同じ投与レジメン)、対照群(同薬2mgを4週間隔で5回連続投与後、8週間隔で投与)に2:1:1でランダムに割り付けて比較した(関連記事「アフリベルセプト8mg、投与間隔延長でも非劣性」)。
その結果、BCVA変化量に対照群、8mg12週群、同16週群の3群で有意差はなかった(48週時:8.7文字 vs. 8.1文字 vs. 7.2文字、96週時:7.7文字 vs. 8.2文字 vs. 6.6文字)。
8mg12週群では、96週時まで12週以上の投与間隔を維持していた患者の割合は87.5%だった。また、96週時に次回予定された投与間隔が20週以上の割合は43.0%、24週以上は23.8%だった。一方、いずれかの時点で投与間隔が8週に短縮された割合は12.5%だった。
8mg16週群では、96週時まで16週以上の投与間隔を維持していた割合は83.5%だった。96週時に次回予定された投与間隔が20週以上の割合は46.8%、24週以上は32.4%だった。いずれかの時点で投与間隔が短縮された割合は12週が9.4%、8週が7.2%だった。
事後解析として、96週時に投与間隔20週を維持していた患者の割合を見たところ、8mg12週群は29.3%、同16週群は41.0%だった。
両試験とも重篤な有害事象は認められなかった。
視覚情報依存社会で大きな意義
坂本氏は「SDC達成のためには③の負担軽減が最も重要。両試験とも投与間隔の延長、すなわち2mg群と比べ8mg群で投与回数が減少している点が注目される」と解説した。PULSARの各群の投与回数は、48週時点で対照群が6.7回、8mg12週群が5.9回、同16週群が5.1回だった。96週時点では、それぞれ11.9回、9.2回、7.8回だった。PHOTONでは、48週時点で7.7回、5.7回、4.9回、96週時点では12.9回、8.6回、7.5回だった。
nAMD患者を対象とした国内の研究では、症状が悪化するほど日常生活の7領域全てで負担度が有意に増大すると報告されている(Sci Rep 2024; 14: 14181)。同氏は「この調査には『デジタル機器の利用』が含まれており、高齢者も対応せざるをえない状況が浮き彫りとなっている。デジタル化の進展により、ますます視覚情報に依存する社会となっている。そうした中で投与間隔の延長が示唆されたアフリベルセプト8mgは、患者だけでなくその家族・介護者をはじめ、医師を含む医療従事者の負担軽減が期待できる薬剤として大きな意味を持っている」とまとめた。
セミナー終了後、坂本氏にアフリベルセプト8mgの臨床的意義や安全性についてさらに詳しく話を聞いたところ、「アフリベルセプト8mgは、他領域ではなかなか見られない既存薬の濃度を高めた薬剤という点で画期的だ。従来の4倍の濃度が投与間隔の延長に資するところが大きいと考えている」と説明。一方で、気になるのは濃縮による副作用への影響だが、「今のところ国内および米国から重大な副作用の報告はない」と述べた。
また近年、nAMDの発症背景について欧米人(ドルーゼン)と日本人(パキコロイド)の違いが指摘されているが、同薬の関連はどうかを尋ねた。同氏は「日本人に多く見られるものの既存薬では不応性を示す例が多かったポリープ状脈絡膜血管症(PCV)に対し、一定の効果が見られたという報告もあるようだが、現時点でははっきりとしたことは言えない。今後の研究に期待したい」との見解を示した。
(編集部・小暮秀和)