インタビュー

繁華街 歌舞伎町の新型コロナ対策
~対話重視と積極的PCR検査が効果~ 吉住健一・東京都新宿区長に聞く

 東京都内有数の繁華街である歌舞伎町を擁する新宿区では、7月の新型コロナウイルス感染者数が約1200人に上り、その多くが接待を伴う店を含む飲食店関係者だった。8月以降は減少に転じ、第2波の沈静化に成功した。吉住健一区長(48)は、対話を重視した姿勢でホストクラブなどの事業者と協力関係を築き、積極的なPCR検査を実施できたことに一定の効果があったと説明する。[聞き手=田所眞帆・時事通信内政部記者 取材日2020年10月6日]

吉住健一・東京都新宿区長

吉住健一・東京都新宿区長

 ──繁華街対策の内容について。

 5月下旬、区の保健所からある感染者について相談があった。恐らく区内の繁華街で勤務していることは客観的な情報から類推できたが、所属をはっきりと言わないため、疫学調査が進まず保健師が悩んでいるということで早速、作戦を考えた。

 歌舞伎町商店街振興組合の理事を務めるホストクラブ経営者、手塚マキさんと面識があり、SNS(インターネット交流サイト)でメッセージを送り、ひとまず会ってもらうことにした。手塚さんと私、保健所長、保健師2人の計5人で話し合った。そこから手塚さんを通して6月3、4日、現役のホストクラブのグループ代表や、店長クラスの人に集まってもらった。

 こちらから言いたいことを伝えるというよりは、「今こういうことが起きていて、これを解決しないと皆さんの商売もやりづらいと思う。どうしたらよいか、区役所や保健所のこれまでの対応について意見や質問など何でも言ってほしい」という姿勢で、両日とも1時間半から2時間、話をした。

 初日の参加者は約10人だった。行政に対して、事業者側が警戒することも予想されたため、手紙を用意しておいた。内容は「目的は街中の感染を広げないことで、警察のような取り締まり機関ではないので安心して付き合ってほしい。新宿で働いている皆さんの健康を心配している」というもので、口コミで周囲に伝わればという期待を込めた。2日目は20人強が集まってくれた。

 手塚さんから「定期的にこうした意見交換の場を」と提案を受け、勉強会として6月から9月の間に計9回、私の通常の仕事が終わった後に、事業者と10人程度で集まる場を持った。

 同時に、街全体としての安全性を確保するため、ホストクラブ以外の業種の人も巻き込んで感染予防に取り組む必要性を感じていた。そこで、いろいろな業種や立場を網羅できるよう、手塚さんに加え、新宿社交料理飲食業連合会、歌舞伎町商店街振興組合などの関係者に集まっていただき、6月中旬に「繁華街新型コロナ対策連絡会」を立ち上げた。まず、自分たちの現状を理解してもらうよう努めた。区が一方的に情報発信しても、繁華街では新聞を購読している人や、区のホームページ(HP)やSNSをチェックしている人は少ない。そのため、区として知ってほしい正しい情報を、事業者の横のつながり、例えば、LINE(ライン)のグループで流してもらうなど工夫した。

歌舞伎町のホストクラブなどに新型コロナウイルス対策を呼び掛けに回る新宿区の吉住健一区長(2020年07月20日 )

歌舞伎町のホストクラブなどに新型コロナウイルス対策を呼び掛けに回る新宿区の吉住健一区長(2020年07月20日 )

 こうして協力を得られたホストクラブでは、1人でも感染が判明した段階で、自ら名乗り出て疫学調査に応じてくれた。その結果、店の全従業員を対象とするPCR検査ができた。そのため、6月から7月にかけて急激に感染者数は伸びたが、検査が一通り終わった8月以降は減少した。

 こうした第2波への対応を前半戦として考えると、その集大成が7月下旬に歌舞伎町で実施した「繁華街新型コロナウイルス感染拡大防止キャンペーン」だ。区職員と共に、ホストクラブなどの事業者が自らメッセンジャーとして、接待を伴う飲食店約300件を訪ね、感染予防を呼び掛けた。

 ここに至るまで、事業者と何回も勉強会や打ち合わせを行った。私たち行政機関の方程式を押し付けるのではなく、対話を続けながら、自分たちが今、この状態から脱却するために、きちんとした情報を知り、一緒に考え、自ら行動してもらう。この三つのプロセスを重視した。

 もともと区内には外国人留学生が多く、結核の発生件数も多い。また、区内に特定感染症指定医療機関もあるため、患者対応や感染症対策に習熟している保健師がそろっていた。今回は災害級のボリュームで感染者が発生したが、それでも倒れずになんとか持ちこたえたのは、国や都のサポートもあったが、保健師のスキルもかなり大きかった。

 ──次の波に向けた課題は。

 一方で、繁華街の雑居ビルでは一匹おおかみ的な店も多い。新聞や区のHPを見ることもなく、行政の支援事業などの情報が届かないまま、「区は何もやってくれない」で終わってしまう。協力を得られた事業者と二極化してしまっている。

 例えば、店の感染対策に掛かる経費について、区は1店舗当たり5万円を補助している。しかし一匹おおかみ的な店では、商店街組合が個別に店を訪ね、区の支援事業を分かりやすくまとめたチラシを配布してくれているが、それでも申請手続きを面倒に思われてしまうこともある。引き続き申請しやすくする工夫はしていきたい。ただ、どこかで考え方を切り替えてもらわないと、商売が続かなくなるし、それこそ自身が感染したら大変だ。これから来る第3波にどう向き合うかが後半戦になると考えているが、一匹おおかみ的な店の意識をどうやって変えていくかが次の課題だ。

 ──8~9月、東京都が酒類提供店などに時短営業を要請した。

 客に緊張感を持ってもらうという意味では、啓発効果はあったかなとは感じている。ただ、事業者に対しては、もう少し実態に即したきめ細かな規定を作る方がよかったのかもしれない。

 事業者との勉強会で、感染者がホテルで療養する場合、ホテルの従業員ではなく志願した都職員が業務を担っているという状況や、PCR検査にどれだけ手間がかかるかなどを説明して、かなり深刻な空気になったこともあった。それでも勉強会が終わった後に、「見えないところで苦労されている人たちのことは分かったが、目の前にいる女の子たちが生活できなくなるので、やっぱり店を閉めることはできない」と言った人がいた。分かってはいるが時短や休業にはもう応じられないという店もあったのが実情だ。

 ──積極的な検査の一方、新宿全体へのマイナスイメージが強まった。

 繁華街の人たちに対する厳しい論調が続いたので、コロナの調査に協力したくないという人も増えてきた。何か悪いことをして感染が広がったというような誤解によって(心理的に人や地域を)避けてしまうのではないか。ただ職場や学校の感染事例を見ても、それぞれが手洗いやマスクをしっかりやっていれば周囲にうつしていない。接待を伴う飲食店でも同じことが言える。

 逆風にはなったが、繁華街としては乗り越えていかなければならない。後半戦に向け、より広い業種の人に、もう一度モチベーションを引き上げ、感染予防の意識を持っていただく。

 既に、国立感染症研究所の専門家と連携し、接待を伴う飲食店を訪ねて感染対策の過不足について調査を進めている。さらに、飲食店の感染対策をピクトグラムで可視化したマップも作成中だ。これだけ感染予防に気を使っている街なんだと思ってもらえるよう、反転攻勢をかけていきたい。(時事通信社「厚生福祉」2020年11月10日号より)

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