特集

日本における不妊症患者支援政策小史(上)
不妊治療助成の経緯と保険適用に向けた検討状況 厚生労働省子ども家庭局母子保健課長 小林 秀幸

1.はじめに

 竹取物語や桃太郎、花咲か爺など、長年語り継がれてきた昔話には、もともと子どもがいなかった老夫婦の物語が少なくない。竹や桃の神聖化は、古代中国における女性生殖器崇拝にルーツがあるとされるが、ともあれ時代や国を問わず、人類(ホモ・サピエンス)では男女カップルの約1割が不妊であると言われている。晩婚化の影響により、日本の夫婦では近年、この割合が上昇しているとの指摘もある。現在の科学的知見では、不妊の原因の半分近くが男性側にあることが判明しているが、かつては専ら女性側の問題と見なされ、妊娠しない女性は、「石女(うまずめ)」などと虐げられることもあった。

 男女の交合により、精子と卵子が出会い子どもの生誕に至るリプロダクション(生殖/次世代の再生産)の過程は、昔日は人知を超えた神秘の領域であった。子どもを「授かる」(この表現は、子宝は神仏からの授かりものという土着信念の反映である)ためになすべきことは祈願祈禱(きとう)のみであったが、生殖医療技術の革新により状況は一変する。

 世界で初めて体外受精で子どもが出生したのは1978年、英国での出来事である。当時、「試験管ベビー」と称されセンセーショナルに報道されたが、日本でも83年に初の体外受精児が出生して以降、この技術を活用して生まれる子どもの数は年々増加してきた。日本産科婦人科学会の登録制度のデータによると、年間の体外受精児数は、98年に1万人を超え、この時点では総出生児に占める割合は1%に満たなかったが、2018年には約5万9千人に達し、総出生児に占める割合は6.2%となっている(表1)。

 なお、「体外受精」の語は、広義には、卵巣から採取した卵子の中に、顕微鏡で観察しながら人為的に精子を注入する「顕微授精」の技術を併用する場合も包含して用いられるが、狭義には、卵子と精子をシャーレの中で自然に受精させる場合の用語である。本稿では、広義の体外受精について、以下では「ART」(Assisted Reproductive Technology)の語を用いることとする。

 04年度からは、厚生労働省の補助事業によるARTへの公的助成が実施されてきたが、20年9月には、不妊治療の保険適用を看板政策に掲げる菅政権が発足した。今回から2回にわたって、私見を交えながら、不妊治療対策のこれまでの経緯と現在の政策状況について紹介する。

2.体外受精等への公的助成

 (1)助成制度の経緯・概要

 厚労省における不妊治療関連の事業は、1996年度の不妊専門相談センター事業に始まる。その後、治療費用の負担軽減を求める声が次第に強まる中、2002年7月に、坂口力厚生労働大臣(当時)が国会で公的支援を行う意向を示した。以後、厚労省内でARTに対する経済的支援の在り方についての検討が本格化する。03年5月には、与党が不妊治療費助成の基本方針をまとめ、これに基づき概算要求を行い、04年度予算において「特定不妊治療費助成事業」(11年度からは「不妊に悩む方への特定治療支援事業」)が創設された。都道府県、指定都市、中核市を実施主体とし、ARTを受けた患者に対し、国と都道府県等が2分の1ずつ負担して助成する事業である。

 創設時は、助成額が1年度当たり10万円で、通算助成期間は2年、所得制限は夫婦合算ベースで650万円未満であったが、06年には助成期間が5年に引き上げられるなど、都度、制度の充実が図られてきた。16年度と21年には次のような大きな見直しが行われ、現在に至っている(表2)。


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