女性医師のキャリア

「女はいらん!」、門前払いで火が付く
~日本初の女性泌尿器外来開設秘話を聞く~ 女性医師のキャリア 医学生インタビュー

 尿失禁は40歳以上女性の4割以上が経験し、悩んでいても恥ずかしくて我慢している人が多い。36年前の1986年に日本で初めて女性尿失禁外来を開設し、女性泌尿器医療の向上に貢献してきた加藤久美子医師(日本赤十字社愛知医療センター名古屋第一病院女性泌尿器科部長)。直接命に関わる医療ではないけれど、人に感謝される仕事で日々喜びとやりがいを感じていると言う。未知の領域に挑んだ加藤医師の女性泌尿器医療への思い、女性医師のキャリア形成に当たり、自身の経験を語ってもらった。

日本女性骨盤底医学会に出席した加藤久美子医師

日本女性骨盤底医学会に出席した加藤久美子医師

 ◇文学少女が泌尿器科を選んだ理由

 私はもともと本が大好きな文学少女で、高校2年生までは「文学部に入って文学研究や翻訳の仕事ができたらいいな」と思っていました。けれども、専業主婦で大事にしてもらえるような美人ではない。

 経営者だった父親からは「女性が働き続けるには、免許や資格がある仕事じゃないと難しい。医師であれば利益だけが目標の仕事ではなく、人助けができて、やりがいがある」と助言されました。森鴎外のように医師兼文学者という人もいると思い、医学部進学を目指しました。

 入学後1、2年の教養科目では、文学部の学生が受ける英語やドイツ語の講義を追加で受け、大変楽しかったです。しかし、3年になったら、いきなり解剖が始まり、体中ホルマリン臭くて、「本当にこれで良かったのだろうか」と泣きたい気持ちになりました。

 それでも頑張って勉強を続け、卒業後の進路は外科系を志望していました。ただ、外科の王道でもある消化器外科は82年当時、まさに体育会系のノリで、夜も寝ないで手術するという印象があり、また、脳、目、耳のような首から上は恐怖におびえている患者さんを見ていて怖かった。

 そこで、手術が多彩で機能を考えた再建もできる泌尿器科に魅力を感じました。また、泌尿器科というと男性医師が男性患者を診るというイメージが強かったのですが、女性にも尿失禁などの悩みで行き場に困っている患者さんがきっと多いはずという直感が働き、さらに、泌尿器科を選ぶ女性が非常に少なかったので、間違いなく必要とされると思ったのです。

手術する加藤医師(左)

手術する加藤医師(左)

 ◇「女はいらない」で火が付く

 ところが、泌尿器科は産婦人科の大歓迎ぶりとは真逆で、見学に行くなり、いきなり「女はいらない」と門前払い。その夜はショックで布団をかぶって泣いていました。翌日、教授の口添えで「どうしても入りたいなら考えてあげてもいい」と言われ、「こうなったら何が何でも泌尿器科に入ってやる!」と冷たくされたことで、かえってやる気に火が付き、入局することになりました。

 ◇女性の尿失禁は病気として認識されない

 泌尿器疾患で多いのは、排尿に関しては前立腺肥大症で、60代、70代になると大なり小なり、ほとんどの男性が悩みを抱えます。前立腺がんやぼうこうがん、腎がん、精巣がんなど腫瘍の重要性は言うまでもありません。頻度の高い尿路結石もあれば、男性不妊や内分泌に関わる病気、透析などの仕事もあります。腎移植に関しては、本邦では外科ベースよりも泌尿器科ベースで行っている施設の方が多く、若い医師で移植がやりたくて泌尿器科に入る人もいます。

 その中で忘れられていたのが女性泌尿器疾患です。尿失禁にはおなかに力を入れると漏れてしまう「腹圧性尿失禁」と、ぼうこうの袋が過敏になり、したいと思ったら我慢できずに漏れてしまう「切迫性尿失禁」(過活動ぼうこう)があります。実は私も中学生の時に縄跳びでおしっこが漏れて、ショックを受けたのを思い出しました。子供や中学生でもなるのですが、特に増えるのが産後、せきやくしゃみ、荷物を持つ、走る、スポーツで漏れてしまう女性が実は大変多いのです。

 ぼうこうの出口の筋肉が弱くなることが原因である「腹圧性尿失禁」の治療には、現在はポリプロピレン製のメッシュテープで尿道を支える「中部尿道スリング手術」のTVT手術やTOT手術が主流です。私が新米医者だった頃も、海外では女性尿失禁の専門外来が設けられ、尿道の横をナイロン糸のループで持ち上げる「ステイミー手術」が盛んに行われていました。けれども、当時の日本では腹圧性尿失禁の手術を数例やった症例報告がある程度で、多数例の論文は全くありませんでした。日本人の女性は尿漏れを治療可能な病気として認識することなく、年のせい、仕方がないと生理のナプキンを当てて我慢していたのです。

2018年米国で開かれた学会にて

2018年米国で開かれた学会にて

 ◇日本初の女性尿失禁外来を開設

 「日本人にも悩んでいる人が多いに違いない」、どうにかして啓発する方法はないかと、当時お手伝いに行っていた病院の看護主任に相談したところ、グループ企業の職場健診で女性職員約1000人に対してアンケートを配布して提案していただきました。調査結果は予想通り、日本人の女性にも尿漏れで悩んでいる人が一定の割合でいて、年齢を増すごとに増え、出産を経験していることでも大きな差が出るということが分かったのです。

 それを86年の日本泌尿器科学会総会で発表したところ、大きな反響がありました。新聞にも取り上げられたことから、尿失禁で悩んでいる全国の女性から問い合わせの電話が殺到するようになったのです。上司からは「宝の山に当たったようなもの」と言われ、日本で初めて「女性尿失禁外来」を設置し、開設後の3年間で約1000人の患者さんを診療しました。

2006年「女性泌尿器科医の会」発足

2006年「女性泌尿器科医の会」発足

 ◇医療技術進歩でサブスペシャリティの地位確立

 その後、留学して海外の状況を視察し、改めて女性骨盤底医療(女性泌尿器科、ウロギネ)が重要な分野だということを認識したのですが、帰国後はステイミー手術の再発例が多いことにも頭を抱えていました。96年に長期でも安定した成績を残す「中部尿道スリング手術」のTVT手術がスウェーデンの産婦人科医によって論文発表され、99年から日本でも行われるようになりました。

 骨盤臓器脱についても2005年にメッシュを使った「経腟メッシュ手術」が開発されました。「メッシュ合併症」が問題となり、欧米では施行が減りましたが、本邦では合併症予防に努力がなされ、安全施行が推進されています。

 一方で、腹腔(ふくくう)鏡で行う「腹腔鏡下仙骨腟固定術」が広く行われるようになり、20年にはロボット支援下手術も保険収載されました。女性泌尿器の目覚ましい医療技術の進歩に伴い、日本女性骨盤底医学会や日本骨盤臓器脱手術学会といった泌尿器科、産婦人科、大腸肛門外科医がメンバーとなる関連学会が設立され、女性泌尿器の手術を専門に行う病院も増えています。女性骨盤底医療(女性泌尿器科、ウロギネ)は泌尿器科、産婦人科の一つの大きな柱、サブスペシャリティとして認められる存在となりました。

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