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抗体と近赤外光で病原体を選択的に駆除する方法を世界で初めて開発
~新型コロナウイルスや薬剤耐性病原体の克服への期待~

 東京慈恵会医科大学消化器・肝臓内科 光永眞人 講師と東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター基盤研究施設 岩瀬忠行 准教授、横浜市立大学医学部微生物学 梁明秀 教授らの研究グループは、多剤耐性株を含む細菌、真菌、ウイルス等の様々な微生物病原体を近赤外光で選択的に除去することが可能となる世界初の治療戦略(photoimmuno-antimicrobial strategy, PIAS)を開発しました。

 薬剤耐性病原体や、新型コロナウイルス感染症といった、これまでの治療薬や治療法が有効でない感染症が世界的な問題となっており、新たな抗微生物治療戦略の開発が急務となっています。従来の抗菌剤による治療は薬剤耐性菌に対する効果が薄い一方、病原体以外の常在菌が死滅することにより腸内細菌のバランスが乱れる等の問題が知られています。

 本研究で新たに開発した手法では、薬剤耐性にかかわらず、また常在菌に影響を与えることなく狙った病原体のみを近赤外光で除去することが可能となり、実験にて黄色ブドウ球菌、カンジダ菌、新型コロナウイルスに対して効果が確認されました。既存の治療法では制御が困難だった多剤耐性病原体などに対する新たな治療法として今後の実用化が期待されます。

 本研究成果はCommunications Biologyに2022年7月4日に掲載されます。

抗体

抗体

 主なメンバー:

 東京慈恵会医科大学消化器・肝臓内科 光永眞人 講師、伊藤公博 助教、西村尚 助教
 東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター基盤研究施設 岩瀬忠行 准教授
 産業医科大学動物研究センター 宮田博規 教育教授
 横浜市立大学医学部微生物学教室 梁明秀 教授、宮川敬 准教授
 米国国立がん研究所 小林久隆 主任研究員

 研究の詳細

 背景

 ペニシリンの発見と後に続く様々な抗菌剤の開発によって、多くの感染症を治療することができるようになりました。しかし、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)を含む薬剤耐性病原体の出現により、治療は困難になっています。一方で、抗菌剤の使用は病原体以外の常在菌にも作用するため、薬剤耐性状態にかかわらず、問題となる病原体のみを排除することができる治療法の開発が長年の課題でした。

 薬剤耐性問題に加え、有効な治療法のない新たな感染症の出現も脅威となっています。特に2019年に突如として現れたSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)による感染症は、世界的危機を引き起こしました。今後出現するかもしれない新たな病原体に対しても、迅速に対応できる治療法の開発は喫緊の課題です。

 研究グループの光永眞人、小林久隆らが2011年に開発したがん光免疫療法(ref.1)は、がん細胞に発現する標的のみを認識するモノクローナル抗体に、近赤外光に反応する化合物(IRDye700DX、IR700)を結合させた光反応性抗体を用います。光反応性抗体が結合したがん細胞は近赤外光をうけることによって、選択的に死滅します。治療効果と安全性は種々の臨床試験によって確認され、2020年、本邦において世界に先駆けて、頭頸部がんに対する新しい治療法として実用化されました。また研究グループの岩瀬忠行らは、黄色ブドウ球菌に対する微生物間干渉(ref. 2)など、広く微生物学研究を進めています。

 本研究では、これらのがん光免疫療法の原理と微生物学の研究を応用し、狙った病原体を選択的に排除可能な新しい感染症治療法の開発を目指しました。

 手法および成果

 細菌病原体である黄色ブドウ球菌に対する作用を検討するため、黄色ブドウ球菌に選択的なモノクローナル抗体にIR700を結合させた対黄色ブドウ球菌用の光反応性抗体を合成しました。この光反応性抗体が結合した黄色ブドウ球菌は近赤外光をうけると、数分程度で死滅することが確認されました。一方でこの光反応性抗体が結合しない表皮ブドウ球菌や大腸菌などには影響は認められませんでした。黄色ブドウ球菌に対する殺菌効果は薬剤耐性の状態に左右されることはなく、MRSAを含む様々な薬剤耐性株に対しても得られました。

 抗菌剤は一般に正常細菌叢を含めた多種の細菌に治療効果を示すため、腸内細菌叢などのバランスに乱れが生じることが知られていますが、本治療法による腸内細菌叢への影響はほとんど見られませんでした。

 さらに、真菌であるカンジダ菌や、新型コロナウイルスを特異的に認識する光反応性抗体を合成し、本法がこれらの様々な病原体に適応できるかどうかを確かめました。その結果、用いられた光反応性抗体の特異性に応じて、選択的に排除されることが確認されました。

実施例

実施例

 今後の応用、展開

 本効果は、用いられる抗体の標的特異的結合能に依存し、中和抗体である必要はありませんでした。標的に結合する抗体があれば、様々な病原体に対する抗病原体作用を発揮することが可能なシステムと言えます。

 臨床上問題となる多剤耐性病原体を標的とした抗体化合物の新規合成によって、既存の治療法で制御困難な病原体に対する新たな治療法の選択肢となり得る可能性があり、今後の実用化が期待されます。

 脚注、用語説明

 引用文献:

 (1)    Mitsunaga M, Ogawa M, Kosaka N, Rosenblum LT, Choyke PL, Kobayashi H. Cancer cell-selective in vivo near infrared photoimmunotherapy targeting specific membrane molecules. Nat Med. 2011; 17: 1685–91. doi: 10.1038/nm.2554.

 (2)    Iwase T, et al. Staphylococcus epidermidis Esp inhibits Staphylococcus aureus biofilm formation and nasal colonization. Nature 2010; 465: 346–9. doi: 10.1038/nature09074.

 用語説明:

 モノクローナル抗体:標的となる一つの抗原のみに結合可能な抗体を人工的に増殖させたもので、がんに対する分子標的薬や自己免疫疾患に対する生物学的製剤として昨今の医療で頻用されている。

 研究支援:

 本研究は、文部科学省科学研究補助金、東京慈恵会医科大学萌芽的共同研究推進費、武田科学振興財団の支援を受けて行われました。

 論文情報:

 Antimicrobial strategy for targeted elimination of different microbes, including bacterial, fungal and viral pathogens

 Makoto Mitsunaga1, Kimihiro Ito1, Takashi Nishimura1, Hironori Miyata2, Kei Miyakawa3, Takeshi Morita3, Akihide Ryo3, Hisataka Kobayashi4, Yoshimitsu Mizunoe5, Tadayuki Iwase6

 1 東京慈恵会医科大学 消化器・肝臓内科
 2 産業医科大学 動物研究センター
 3 横浜市立大学医学部微生物学教室
 4 米国国立がんセンター
 5 東京慈恵会医科大学
 6 東京慈恵会医科大学 基盤研究施設

 Journal: Communications Biology.

 DOI : 10.1038/s42003-022-03586-4

 以上


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